カラクリピエロ

素直になれない(4)


※竹谷視点





――ああくそ、痛ぇ……

名前の歯型が残る指を舐めながら名前へ目を移す。
名前は自分の胸元をぎゅっときつく握りしめ、肩で荒い息をしていた。

こうなった原因は当然俺にあるんだが、だからってここまで思いっきり噛み付くことねーだろ。
ちょっと血出てきてるし。

「か、噛みちぎられなかっただけ、よかったと思いなさいよ!!」

半泣き状態で叫ぶように言った名前はすぐに後ろを向いて、小さく鼻を啜る。
それを聞いた途端、悪いことしたって気持ちが一気に来て華奢な背中に呼びかけた。
抱き締めようとした途中で、それを察知したかのように名前が勢いよくこっちを向いた。

「…………もうしねーって」
「何を?」

肩を竦めながら言えば、もうしない、が指すものを特定したがる名前に内心舌打つ。

名前に触るのはやめたくない。当然キスも。だから曖昧にしておきたかったんだけど。

あの最初の口付けは、どうも俺の理性の箍を外してしまったらしい。あれだけしたのに、また隙を狙ってる自分に笑いそうになった。

「…口に指はつっこまない」
「ばっ、馬鹿!そういう…はっきり言わないでよ!!」
「なんだよ、お前が聞きたがったんだろ?」

馬鹿、ともう一度強く言ってそっぽを向く名前を見て、そういやあれだけされても部屋にはいてくれるんだなと口元が緩んだ。

「なあ名前
「なに」
「お前、どうやって確認する気だ?」
「え?」

手を握りながら聞く俺を戸惑った表情で見上げてくる。
ドクリと鳴る心臓の音を耳にしながら身を屈めれば、俺の聞きたいこと――名前が俺を試したいってアレだ――に気付いたらしい名前が“思い出した”って顔をして僅かに俯いた。
…さりげなく避けられたような気もするけど。

「で、どうすんだよ」
「それはこれから考えるの!なのに八左ヱ門がいちいち邪魔するから!」
「…考えなくてもいいだろめんどくせぇ」

名前が俺にあれこれ“頼みごと”をしなくなっても、俺が名前のこと好きなままだってわかりゃいいんだろ?

名前が好きだ」
「っ、」
「お前が聞きたくないって言っても毎日言うからな。それと会いに来なけりゃ聞かなくてすむなんて考えんなよ。俺がくのたま長屋に侵入してでも言いに行ってやる――逃げるなよ?」

う、と声を詰まらせた名前が悔しそうに唇を噛む。
渋々頷く様子からは色恋の話をしてるなんて思えねぇなと苦笑した。一応俺自身のことでもあるのにな。

「………………いつまで、来てくれるの?」

ぽつりと聞こえたそれに名前を凝視すると、彼女はハッとして勢いよく顔を赤くした。
声に出すつもりはなかったらしい。

「き、聞こえた?」
「さあなぁ」
「ニヤニヤしないでよ!ライゾーのやつ、八左ヱ門がMなんて大嘘じゃない!!」

なんでいきなり雷蔵がでてくるのかとは思ったが、碌でもない情報は名前から取り除けたようだ。
俺が握りっぱなしの自分の手を引き抜こうと頑張る彼女に笑って、より強く手を握る。

「離してよ、もう帰るんだから!!」

それを無視して繋いだ手をぐっと引き、そのまま組み敷いた。
もう何度目になるのかわからない口付けなのに、まだ足りない。
自分の唇はものすごく高いと言い返してきた名前を思い出して、なんだか納得してしまった。

「前払い分、返し終わるまでは行ってやるよ」
「い、意味が――」

名前からの“報酬”を更に勝手に貰っていく。
お返しは俺の奉仕ってとこだろうけど、返しきる予定もつもりもない。
言い出した時から、ずっと…それこそ名前が折れるまで通ってやるつもりだったんだから。

「……っ、ん」

――それはそうと、甘くてやらしい吐息に、こういう声とか堪える顔とか、色々やばい。

名前、」
「……はっ……、ば、か」
「馬鹿でいいから、ちょっと殴ってくんねぇ?」
「――…、なら先に手を離してよ!思いっきりやってあげるから!」

そうだよな。
お前の手は俺が掴んでるんだった。
名前の両手にぐっと力が入ったのを感じる。

「ちょっと、八左ヱ門!?」

一際大きくなった呼び声は聞こえているのに、俺は名前を押さえる力を弱めるどころか強くして、名前の首筋に顔を埋めた。

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