カラクリピエロ

素直になれない(3)


※竹谷視点





俺にしては名案だと思ったが、そう聞かれてすぐに答えられるほど考えていたわけでもない。

「…そうだなぁ」

返しながら名前から視線を外すと、ふっと腕の中で力が抜けたのを感じる。
気付かれないように盗み見た名前は僅かに両手に力を入れ、俺の装束に皺を作ったところだった。
深呼吸を終えたタイミングで抱き寄せたら、まさに“驚きました”って感じで肩を跳ねさせた。

「は、八左ヱ門!」
「そんなにでかい声ださなくても聞こえてるって」

腕に力を入れて、身体を緊張させている名前はやっぱり逃げるつもりだったに違いない。
上擦った声を出しながら俺を押すから、逆に強く抱き締めてやった。柔らかい…けど華奢で、加減を間違えたら潰しちまいそうだ。

「ち…かい、…」
「ん?」
「もう、逃げないから、少し離れてよ」

力を緩めて聞けば、肩に名前の頭が押し付けられながらそんな台詞が返ってきた。
どんな顔をしてるのか気になって覗き込むと、気まずそうに彷徨っていた瞳に睨まれる。その変化にまた笑ってしまった。

「…なによ」
「いーや、別に?」

俺の返しが不満だったんだろう。名前はムッと眉間に皺を刻み、不機嫌そうな顔で急かすように俺の腕を叩く。

「…? 八左ヱ門、早く離れて」
「逃げないって約束するか?」
「さっきそう言ったでしょ」
「今だけじゃなくて、この先も。ずっと」

何を言い出すんだと言いたげな表情をしていた名前は、小さく溜息をついて僅かに視線を逸らす。

「…約束する。これでいい?」
「絶対だな」
「しつこい!逃げないって言――、」

ずい、と顔を近づけた俺に、名前が目を見開いて言葉を飲み込んだ。
それに口元を緩めながら目を閉じて、猫が挨拶するように鼻先をこすり付ける。抱き込んだ身体が震え、ぐっと息を詰まらせたのがわかった。

「っ、なっ」
「――約束は守ってくれんだろ?」
「~~~~~ッ!!」

目を白黒させていた名前は唇を引き結び、赤い顔で悔しそうに俺を睨む。
何か言ってやりたいけど上手く言葉にならない…そんな感じか。

プイと顔を逸らして手の甲で口元を覆う名前の動きを目で追う。

「…………、」
「ん、何だって?」
「なんでもないわよ!!」

聞き取れなかった上に隠されてたけど、絶対今何か言ったはずだ。
心なしかさっきよりも赤い顔で首を振る名前は俺に背を向けて、両手で顔を覆っていた。
何度呼びかけても「少し待って」とそれだけを返してくる名前に俺も段々焦れてくる。

名前
「…………」
「…………お前、背中強い方か?」
「ひゃあっ!?」

ついに呼んでも答えなくなった無防備な背中にツッと指を滑らせたら、予想以上に反応があった。

「……ふーん」

ビクンと跳ねて勢いよくこっちを向き、口をパクパクさせる名前に思わず感心すると、焦った顔でぎこちなく俺を呼んだ。
俺の前では強がることの多い名前がこうもあからさまに困っているのは珍しい。

「や、やめてよね」
「なにをだよ」
「わかってるくせに聞き返さないで!それより、まだ八左ヱ門の…そう、例えばの話を聞いてないでしょ!」
「あー…それな、保留にしといてくれ」
「…私、無理なことは無理って言うから」

警戒しながらもきっちり宣言してくる名前に「わかってる」と返す。
なんにしても逃げないって約束だけは取り付けたんだから、とりあえず何でも言ってみるってのは有りだよな。

「――ちなみにさ」
「?」
「…………」
「な、なによ」
(…っても、言ったら言ったで即却下されそうなんだよな)

頭の中で考えながら、訝しげに首をかしげる名前の頬を撫で、唇をなぞる。
途端に緊張する名前の顔を上げさせて、さっきみたいに鼻先を近づけるとぎゅっと両目が閉じられた。
さっきと違うのは、俺が名前の額に口付けたことか。

「ま、また…!」

かあっと顔を赤くして俺の手を払おうとするのを無視して今度は唇を塞ぐ。軽く食むようにすると、驚いたのかくぐもった声を漏らして俺を煽った。

もっと触れていたいと思いながら、それをぐっと堪えて名前と目を合わせる。

「……有り?」
「な、しに、決まってるでしょ馬鹿!も…、こっち見ないでよ!!」

懸命に俺の手を外そうとしてもがく名前は相変わらず赤くて、ちょっと涙目で――たまらなく可愛い。
そりゃもう、たった今堪えた衝動が消えてなくなりそうなくらいに、だ。

「――なあ名前、やっぱあれ絶対ガセだと思うぜ」

俺の言葉に動きを止めた名前が疑問を浮かべたのを目に入れてから、俺は再度名前の唇を塞いだ。

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