素直になれない(1)
※竹谷視点
なんだか最近名前の様子がおかしい。
時々ぼーっとしてるかと思えば溜息をついて(色っぽくてドキッとする)、意味もなく俺を呼ぶ。
なんでもないのに呼ぶなんて、普段の名前からしたら滅多にないことだ。
熱でもあるんじゃねぇかと名前を観察してみたが、当然見ただけで熱が測れるわけもない。
「…名前、ちょっとこっち来い」
「? なんでよ」
「いいから」
「嫌」
来い来いと手招いたのに名前はプイと横を向いて、そのまま机にうつ伏せる。
呼ぼうとした瞬間、顔だけを上げてまた溜息をこぼした。
「…八左ヱ門……あなたって、やっぱりMなの?」
「…………は?」
言いにくそうに僅かに瞼を伏せる名前に見惚れかけた直後の台詞を聞いて、俺は文字通り固まった。
「命令されたり、罵られたりするのが好きなの?」
「――待て待て待て待て!なんだそりゃ!!」
確かに以前そんな会話をしたようなしなかったような気もするが、そのときは冗談みたいなノリだったはずだ。
だけど今の名前は妙に真剣な目をして俺を見上げている。
「この前双子の嫌味な方に、私の言うこと聞くのは八左ヱ門がMだからって」
(三郎の野郎…!!)
双子じゃないとかそれは真っ赤な嘘だとか、言いたい事が一気に吹き出したものの、名前のしおらしい様子を見てふと悪戯心が湧いた。
「――お前はどう思うんだ?」
「…………え?」
「名前はなんで俺がお前の“お願い”聞いてやってると思ってんだよ」
聞きながら距離を詰めればその分名前はジリジリ下がっていく。
名前が俺にだけ頼みごとをするみたいに、俺がその頼みを全部叶えてやりたいって思うのは名前だけだ。
「そ、それは…」
「ああ、それは?」
「…………っ」
「ん?」
何かを言いかけた名前は勢いよく頭を振って、急に顔を赤くする。
(…なんだよ、ちゃんと理由わかってんじゃねーのかこれ)
口にしたことこそないけど、別に名前が好きだってことを隠しているつもりもない。
どういうわけか周りは勝手に誤解してくれるが。
「なあ、答えは?」
「だ、だから、」
「今浮かんだんだろ?それ言えばいいじゃねーか」
名前は手の甲で口元を隠すのに必死で気付いていないけど、俺はいつの間にか名前を壁際に追い詰めて、それを見下ろしている。
ついでに言えば俺はどっちかっつーと肉食で、ぶっちゃけ理性も強くない。
「……さっさと答えねーと食うからな」
「な――!!」
あむ、と名前の唇を食むように塞ぐ。その拍子に歯が軽くぶつかってカチと小さな音を立てた。
痛くはなかったけど労わるようにそっと舌で撫でると、名前が身体を大きく震わせて色っぽい吐息を漏らす。
薄く目を開けて名前を見れば、両目ともこれ以上ないってくらいきつく閉じてて、しかも真っ赤だ。
それがやたらと可愛かったから後頭部と頬に手を添えて続行したら、俺の背中を彷徨っていた手が後ろ髪を強く引っ張った。
「ってぇ!」
「ば…、ばっ、なに…すんの馬鹿!!し、しかも、無断で!!」
「なんだよ…じゃあしたいって言えばさせてくれんのか?」
「さ、最低!!」
ギッと目尻を吊り上げてちょっと涙目で、強がりながらもきつく握り締めた手は小刻みに震えている。
俺の手ですっぽり隠れちまう名前の手は小さくて柔らかい。
そのまま握ると肩を跳ねさせ、俺を睨む力はそのままで唇を引き結んだ。
「……これも、理由一緒なんだけど」
「――わ…かんないわよ。言ってくれなきゃ、わかんない!」
「…うそつきだなぁお前」
明らかにわかってる顔で、今にも食って掛かってきそうな勢いの名前に思わず笑って返すと、ぐっと言葉を詰まらせた名前がプイと横を向いた。
その行動が余計に俺の笑いを引き起こして、名前は益々不機嫌になって行く。
「だからさ……――好きだってことだよ」
耳元にそっと吹き込んで、勢いよくこっちを向こうとした名前ごと抱き締める。
「さっきのは今までの報酬ってことで勘弁してくれねぇか」
「…………嫌。私の唇、すっごく高いんだから」
「んじゃ、これからの分前払いってことでさ」
むすっとしてはいるものの、名前の頬はほんのり赤い。
素直じゃねぇなと思いながら唇の端に口付けると思い切り顔面を叩かれた。
「~~~~!!っにすんだ…」
「こっちの台詞!勝手にするなって言ってるでしょ!!」
「っつーか、目元はやばいだろ!見ろほら、涙出てきた!」
「知らない」
普通カノジョって『大丈夫?ごめんね?』って慰めたりしねぇ!?
「……いや、俺お前の返事聞いてなかったな」
「………………八左ヱ門って抜けてるわよね」
「でも俺のこと好きだろ?」
聞けば顔を赤くするくせに。ビクッと震えるほど反応するくせに、肝心の言葉は口にしない。
頷くとか口付けるとか、そういう行動で表してくれても一向に構わねーんだけど。
名前はそれもしてくれそうになかった。
あなた限定
2059文字 / 2011.12.12up
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