カラクリピエロ

素直になれない(前日譚)


※夢主視点





「…我ながら上出来」

これなら口に入れるまでは多少渋っても『美味い』くらい言ってくれるはず。

実習で作った南蛮菓子(眠り薬入り)を手に、笑いそうになるのを咳払いで誤魔化す。
誰もいないところで一人でニヤニヤしていたら明らかに不審だ。

と、考えながら今までを振り返ってみたけれど、八左ヱ門からは一度も食べたくない等の断る台詞を聞いたことがない。
嫌いなものを押し付ける時とは違って、少し困ったような顔をしながら効果と持続時間と解毒剤の有無を聞いて…けっこうあっさり食べてくれる。

「――苗字名前

突然の呼びかけには内心驚いたけど、表情を取り繕って振り向く。
最近やたらと目にするようになった八左ヱ門の友人の一人が、いかにも面倒臭そうな雰囲気を漂わせて近づいてきた。

「…なにか用?」
「それは八左ヱ門に食べさせる気か」
「関係ないでしょう」

目ざとく私の手元のブツを察知して眉を潜めるライゾー(サブローだったかもしれない)の視線から逃がすように菓子を懐へしまう。

(こいつが一番遭遇率高いのよね……)

おかげで名前はともかく雰囲気の違いくらいはわかるようになった。もちろん嬉しくもなんともない。
溜息を吐き出して顔を上げると、相手は不機嫌そうな顔でいつもと一言一句変わらない質問を口にした。

「お前はなにが目的で八に近づく?」
「…八左ヱ門本人に聞かれるならともかく、あなたに答える義理はこれっぽっちもないと思うけど?」

親指と人差し指で僅かな隙間を作りながら笑い混じりに返せば「ある」と断言された。
その自信がどこからくるのか本当に不思議。
八割の確立で彼を止めに入る存在(日によって違う)は、今回あいにく不在らしい。簡単に引き下がる気がないのを雰囲気から感じ取り、私はあからさまに溜息をついてしまった。
他の五年はともかく、こいつは最初から“八左ヱ門を利用して弄ぶくのたま”として私を見ている節がある。

……ちょっと振り回し気味なのは、まあ、否定できないかもしれないけど。

「あいつが単純馬鹿で乗せやすいからか」
「……あなた本当に友達なの?」

褒めているのか怪しい単語の羅列に呆れたら、いいから答えろとばかりに視線を寄越された。

――ちゃんと答えて欲しいなら、まずその態度を改めるべきじゃない?

そう言い返したかったけれど、実行したらまた長引きそうだ。仕方なく喉まで出かかったそれを飲み込んで、代わりに笑顔で返してやった。
それをどう取ったのか、彼は不機嫌を表情に滲ませる。

「八はお人よしだからな」
「そうね」
「お前の言いなりにもなるし」
「…ええ」

私でさえ、どうしてなのかを疑問に思うくらい八左ヱ門は“嫌”を言わない。
外出に付き合わせるときなんかは密かに彼の予定を調査して、成功率の高い日を狙うようにしてる。けど、今まで一度も断られたことがないのは、八左ヱ門が予定を合わせてくれているに違いないからで――

「――な、なによ!?」

じっと見られているのを感じてつい睨んでしまう。
彼は訝しげに顎に手をやって考え込んでいたかと思えば、「お前…」となんとも歯切れの悪い言葉と共にまた眉根を寄せた。

「…八はお前にだけ優しいわけじゃないぞ」
「そんなこと…あなたにわざわざ言われなくても、」

何を言っても結局は「しょうがねぇな」って笑顔で請け負ってくれるから。突然の訪問にだって嫌な顔一つしないし、休日の時間を割いて好きでもない店に付き合ってくれたりするから…………ちょっと期待してたけど。

「なんせ、あいつはMだからな」
「…………は?」

唐突に八左ヱ門の特殊嗜好を聞かされて固まる私に、目の前の彼はいつの間にか表情を不機嫌から笑顔に入れ替えていた。
それは胡散臭いとしか言いようがなかったけれど、そんなことより八左ヱ門が……

でも、だとしたら、くのたま特製食品を断らなかったのも、あちこち連れまわしたり踏み台にしたり、無理やり嫌いなものを食べさせたりした今までのあれこれに文句を言わなかったのも納得できる。

「……ライゾー」
「………………私は…まあいい、なんだ」
「これで私が引くと思ったら大間違いだから」

ピタリと指を突きつけて下から睨みあげると、フンと鼻で笑われる。
その様子で、と言いたげな表情を見返して一つ息を吐き、にっこり笑って見せた。

「さすがに驚いたけど、八左ヱ門がMだって決まってるならむしろ好都合じゃない――私が合わせればいい話だもの」
「お前、」

何か言いたげだったライゾーに笑顔で向き合うのは限界で、すぐに背を向けて当初の目的だった八左ヱ門の部屋を目指す。
気を抜いた途端大きな溜息が漏れて、自分に苦笑してしまった。

八左ヱ門に合わせるなんて大見得切っておいて、実際どうしたらいいかわからないんだから情けない。

「…とりあえず、程度がわからないとどうしようもないわよね…」

機会を見て八左ヱ門の嗜好を聞きださないと。
殴るとか、暴力的なことは避けたいから…なるべく軽度だと助かるんだけど。

そんなことをぐるぐると考えながら今日の口実を取り出して、部屋にいる気配に向かって声をかけた。






「ねえ八左ヱ門…」
「ん?」
「……首輪って好き?」
「好きってほどじゃねーけど……まあ、あって困るもんじゃねぇな」
「困らないんだ…」
「なんで急に首輪?」
「……なんとなく……」
「? それより名前、お前甘い匂いすんだけど」
「あ、忘れてた。はいこれ、全部食べてくれるでしょう?」
(…………名前込みでも余裕だぜ)
「絶対美味しいから」
「――だろうなぁ」

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