カラクリピエロ

あなた限定


※竹谷視点





「八左ヱ門、これ食べて。嫌いなの」

内心またか、と思いながら示された野菜をちら見する。
名前が俺の隣で食べているときは、大抵なにかしら嫌いなものが含まれるときだ。

「好き嫌いしてるとでっかくなれねぇぞ」
「構わないわ」
「そう言うなよ、食堂のおばちゃんが泣くだろ」
「なら食べさせてよ。あなたが手ずから食べさせてくれるなら食べるから」

できないでしょう?とでも言いたげに、名前は薄く笑いを浮かべる。
確かにいつもはその言葉で引き下がるが、生憎今日は違う。
俺だっていつもいつもやられっぱなしってわけにはいかないからな。

「……言ったな?」
「やっぱり嫌。私、次の準備があるから先に戻るわね」
「あ!名前!」

笑い返した途端しれっと言い放った名前は、俺の器にひょいひょいと嫌いな野菜を放り込んで(しっかりおばちゃんが見ていないのを確認しているんだから巧妙だ)去っていった。

「――またやられたの?」
「八はお人よし過ぎるんじゃないか?」
「…どこから見てたんだ」

名前と入れ替わりで席につく雷蔵と三郎が揃って肩を竦める。

「私から言ってやろうか」
「何を」
「迷惑してるからやめろってさ」
「別にしてねーよ」
「……無理しないでね」

増やされた野菜を食べながら返すと、呆れ交じりの溜息を寄越された。
強がってるとか、名前を庇ってるとか…全然そんなんじゃないんだけどな。
二人はそう思ってないみたいだった。

+++

「八左ヱ門」

もう耳に馴染んでしまった呼び声に反応して足が止まる。
視線をやれば案の定、桃色の忍装束をまとった名前が手招きで俺を呼んでいた。

「どうした?」
「ちょっと足場になってくれない?」
「はあ!?何する気だよ」

呼ばれるまま傍に行くと、ちょいちょいと地面を指差しながら、なんでもないことのように言う。四つんばいにでもなれってか。

「肩車して」
「…お前がいいならいいけど」
「私が頼んでるんだからいいに決まってるでしょ」

いくら忍装束だからって…なあ?

わざとらしく溜息をつく俺に、なんらかの仕掛けを持っている名前は「早く」と俺を急かす。
おざなりに返事をしてしゃがむと、すぐ傍で声がした。

「――どうしてわざわざ八に頼むんだ」
「三郎…に、雷蔵まで。どうした?」

授業とか課題とか、そんなんだろうかと思いながら訊ねてみたけど、三郎は俺に視線を寄越しただけ。
雷蔵は苦笑して「ごめんね」と謝ってきた。意味がわからん。

名前名前で、聞こえよがしに大きな溜息を吐き出す。
無駄に煽るなよと言おうと思って顔をあげれば、名前は腕を組んで軽く首をかしげ、にっこり笑顔を見せていた。

「私が八左ヱ門に頼みごとをすることって、あなたたちに関係あるの?」

こりゃ、だめだ。
名前は完璧に煽る気満々だし、もちろんその効果は絶大だ。
……なんたって今まさに三郎の空気が証明してる。

「友人がいいように使われて、良い気はしないな」
「へえ、友だち想いなのね」
苗字さん、八が通りかかるまで待ってたよね?それで、僕たち気になって」

雷蔵の台詞に呆気にとられたのは俺。
届かないくせに、俺が通らなかったらどうするつもりだったんだ。ずっと待ちぼうけるつもりだったのか?
そんな呆れ交じりの思考に名前の怒った声が重なった。

「ちょっと!でたらめ言わないでくれる!?」
「困っているなら手伝おうかと申し出たのに断っただろうが」
「あなたたちに会った覚えはないけど」
「…これでも?」

三郎と名前のやりとりに口を挟めないまま、いきなり変装した三郎を見て名前が息を呑むのがわかった。

「っ、その、顔!!」

ぎり、と歯噛みする名前が小さく呻く。
次いで聞こえた舌打ちに顔を上げようとしたら、いきなり視界が真っ暗になって(目隠しか!?)慌てた。
背中を踏まれたような軽い衝撃と、耳に入ってくる雷蔵と三郎の「逃げられた」って台詞。
慌てて目隠しをとると、二人の言葉通り名前はいなくなっていた。

+++

『八左ヱ門』

名前が話しかけてくるときの第一声はいつもそれ。
まず俺を呼ぶ。それから目を見て頼みごと。
嫌いだから代わりに食べて、あれを探すのを手伝って。買い物に付き合って。ついでに荷物を持ってくれるでしょう?

――いつも我がままに付き合わされて大変だな。
三郎にはそう言われたけど、実際あいつの我がままなんてこの程度だ。
正直生物委員会の「脱走した毒虫の回収手伝ってください!」に比べたら屁でもねぇ。

いかにも“命令”って言いだしそうな態度を作ってるけど、俺にはいつだって“お願い”にしか聞こえなかった。

それに――あいつがそういう頼みごとをするのって俺だけなんだ。

大抵余裕でこなせるような内容なのも特徴だし、どこで予定を把握してるのかは知らないが、外出するときは丁度俺も暇なとき。

――なあ名前、今日は俺暇なんだけど。

ぼんやりと天井を見上げる。
いつもなら天井裏から颯爽と降りてきて(因みに俺の許可は取らない)、小間物屋だの甘味屋だの、時には紅屋とか反物屋、なんて…男共だけじゃ絶対に行かないような場所に誘いに来るのに。

あの日、逃げられて以来顔を見てない。

「――は…ち……左…門、八!」
「いてぇ!!ら、雷蔵!?」
「まったく…伊賀崎が呼んでるってさっきから言ってるだろ」

そりゃ悪かった…けど、蹴るのは少し乱暴じゃねぇか…?

蹴られた腰辺りをさすりながら身体を起こすと、正座で待っていたらしい孫兵が、戸惑いながら雷蔵に礼を言っている。
雷蔵はにこやかに「いいんだよ」と返しながら手を振って去っていった。
どうやら通りがかっただけらしい。

「わりぃな孫兵」
「いえ、こちらこそすみません。お休み中に」
「気にすんなって!どうした?また虫が脱走でもしたのか?」
「それが…虫ではなく…その、」

言いづらそうに視線を泳がせる孫兵が、首もとの赤い蛇に触れる。
ジュンコは寝かせていた首をもたげ、孫兵の目線の辺りで舌をチロチロさせた。

「…飼育小屋の前にくのたまが居座ってまして…生き物たちに悪戯した様子はないのですが、竹谷先輩が来るかどうかを気にされてて」
「俺?」

自分を指差して聞き返せば、孫兵が頷きながら「世話ができないんです」と続ける。
渋面をつくった孫兵はジュンコを撫でると、小さく溜息をついた。

「竹谷先輩はお休みですって伝えたんですが、“ふーん”で済まされた挙句…小屋の鍵を…スられてしまいました」

ずっと言いづらそうにしていたのはそれが原因か。
ポンと慰めるように頭に手を置く。
孫兵は俺を見上げたあと、再度ジュンコに視線を移し、どこか悔しそうに眉根を寄せた。

「ジュンコにも全然怯んでくれませんでしたし…確かに、ジュンコは綺麗で可愛いうえに利口な自慢の恋人ですが」
「孫兵、そいつ名乗ったか?」
「いいえ。ですが、鍵を見せながら竹谷先輩と交換だと笑顔で言われました」

ひく、と顔が引きつる。
確実にそのくのたまは名前だと思うが、なんでそんな回りくどいことをしてるんだかわからない。

「なので竹谷先輩、お願いします」

そう言って頭を下げる孫兵に苦笑を返し、よし、と膝を叩いて立ち上がった。

「孫兵すまん。そのくのたま、たぶん俺の知り合いだ」
「それはなんとなくわかりますが…怒らせるようなことしたんですか?」
「うーん…いや、俺はどっちかっつーと尽くしてきたつもりなんだが」
「弱みでも握られているとか」
「……ま、ある意味弱みかもな」

へらっと笑って返せば無言で俺を見上げてきた孫兵が、まるで“お気の毒に”とでも言い出しそうな顔をした。
雷蔵や三郎と同じく、孫兵も俺が仕方なく従ってるって勘違いをしてるんだろう。

あくまで軽い調子で、好きでやってるんだとか、俺にだけだからとか言ったらますます眉間に皺が寄る。

「…………物好きというか…お人よしというか…」
「だーから、違うんだっつの!」
「僕だったらそんな特別扱いは絶対嫌ですけど」
「相手がジュンコでもか?」
「ジュンコは別です!」
「だろ?」

ぴたっと孫兵の足が止まる。
数歩先から振り返ったら、孫兵の表情が驚きから段々呆れに変わっていくのがよくわかった。

「竹谷先輩、それでいいんですか?」
「いいもなにも、頼られるとすっげぇ嬉しいんだよなぁ……しかも俺だけってところがさ、可愛くねぇ?」
「どう思う、ジュンコ」

ヘビに聞くのかよ、とは思ったが、俺も孫兵に同意を求めるのは間違ってたのかもしれない。
ふっ、と息を一つ吐き出して、既に見えている飼育小屋の方へ目をやる。
膝を抱えて戸口に寄りかかっていた名前も、丁度こっちに気づいたらしかった。

ぎょっと目を見開いた後、急いで立ち上がって両手を腰に当て、俺に向かって「八左ヱ門!」と怒ったような声を上げる。
なに焦ってんだ、と聞きたくなるそれに笑って手を振れば、一瞬戸惑った様子を見せてからふいと横を向いた。

「どうしたんだよ、こんなとこで」
「…悪い?」
「悪かねーけど、いつもなら部屋に来るだろ?ほら、鍵返せ」

言いながら手を出したけれど、名前は俺に返しかけたそれをサッと後ろ手に隠して孫兵を呼んだ。

「はい、これ。…ありがと」
「え」

目を見開く孫兵に鍵を押し付けて、すぐに俺の腕を掴んで引く。
そんなに力入れなくても逃げたりしねぇのに。

「八左ヱ門」

いつもの前フリに吹き出しながら、今日の頼みはなんだ、と俺を見上げてくる名前に苦笑気味の笑顔を返した。





「八左ヱ門が可愛がってるネズミを一匹貸して」
「…その前に、なんでお前しばらく顔見せなかったんだよ」
「わ、私の勝手でしょ!?」
「……別のいい奴見つけたとか?」
「ばか!!なんで八左ヱ門以外に……じゃなくて!!」
「だよな」
「何がよ!なにその顔、ムカつく!」
「俺くらいのもんだよなぁ、名前のわがままに付き合えるの」
「八左ヱ門のドM!!」
「俺はどっちかっつーと……まぁいいか」

(……痴話喧嘩ならよそでやってほしい……)



傍から見たらMっぽいけどS気質も発揮する竹谷。ただしどっちも名前さんにだけっていう。
頂いたメッセージのやりとりで萌えが滾ったので、たまらず竹谷にだけわがままを発揮する夢主ネタを短編に昇華。わがままを“嬉しい”って笑顔で受け止めちゃうタケメン(になったかは置いといて)萌え。
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