カラクリピエロ

彼女に勝てる確率は


※尾浜視点





筆を握って文机に向かっている最中、背後から戸が勢いよく開いた音が聞こえた。
犯人はわかっているから思わず溜息をつく。

「勘ちゃん!」

やっぱり。
名前は兵助不在のときに限ってこうして挨拶なしで飛び込んでくるけど、それをどうやって察知しているのか不思議だ。
本人に聞いてもきょとんとした顔で「そうだっけ?」って返されるし、勘にしては鋭すぎると思うんだけど。

「…名前、もっと静かに開けろよ。戸が壊れ…あいてっ」

言いながら振り向こうとしたらドシ、と背中にのしかかられて身動きが取れない。
首に回されている腕を軽く叩いてやれば、名前はぎゅと力をこめて(不意打ちでドキッとしてしまった)、すぐに離れた。
別に離れなくてもいいのに、ちょっと残念。
……もしかして前に“胸当たる”って言ったのまだ覚えてるんだろうか。

「機嫌いいじゃん」

理由を聞こうとするおれに、名前は小さく笑っておれの背中に自身の顔を擦りつける。

……甘えたい気分らしいのはわかった。

だからって要望どおり甘やかすのも、なんだか面白くない。
どうしようか迷って、放置していたクラスの仕事(これでも学級委員長だから)を目に入れた。

「…名前、ちょっと保留ね」
「えー!?」

膝をすっておれの隣に移動してきた名前の頭をひと撫でして筆を握りなおすと、それを邪魔するかのように名前は身を乗り出してくる。

わざわざおれの腕の下から頭を潜り込ませ、強引に机とおれの間に入ってきた。
ただでさえ狭いのに無理だろと思ったけど、おれは無意識に身を引いていたらしい。名前はおれの膝上にすっぽりと納まってしまった。

「…………」

謎の挙動を凝視しながらも自分の両手は名前の腰に回ってるんだから…我ながらちゃっかりしてる。

名前、どうしたの」
「…あのね…、これ言ったら、どくから」

おれの両肩に名前の手が乗ったかと思えばすぐに首に腕が回る。
ぐっと縮まった距離、心地いい体温と、柔らかい感触を抱き締めると名前がくすぐったそうに笑った。

「大好き」
「――…うん、ありがと」

でもなんで急に?

問い返す前に、もう一度聞こえた甘ったるい「だいすき」に心臓が大きく鳴る。
くっついてるから伝わっちゃったかもしれないそれを誤魔化すように、抱き締める力を強くした。

「……おれ…なーんか名前に負けてる気がするんだよなぁ……」

別にいいんだけど、ちょっと悔しいのも本当。
言うことは言ったとばかりに離れる気配を見せる名前はおれを見上げ、僅かに視線を逃がした。

「なに遠慮してんだよ」
「んー……勘ちゃんの仕事終わったらでいい」
「そ」

頷く名前の頬にいい子、と口付けたら驚いたらしく悲鳴をあげた。
悲鳴自体はあまり可愛くなかったけど、慌てて頬を押さえる名前が可愛かったから、翻弄され続けていた気も少し晴れた。

+++

名前、」

おれに寄りかかっていた名前に終わったことを告げようと声をかけたのに、反応が返ってこない。
身体をずらして名前を受け止めれば、やっぱり寝息を立てていた。

彼女はおれの傍では遠慮なくくつろげるんだと考えると、嬉しい反面複雑だ。

「…ちょっとは警戒しろよ」

名前の頬を軽くつついて文句を言えば、まつ毛が震えて微かに声が漏れた。

「かんちゃん…」
「終わったよ名前
「ん、」

おれに向かって両腕を伸ばしてくるから彼女の身体を支えるようにして起こす。
ふにゃっと緩んだ顔につられて笑ってまぶたに口付けると、ぴくりとまつ毛が震えた。

「勘ちゃん、」
「うん、なに」
「そっちじゃなくて」
「…………やっぱ負けてるよなぁ」

一応、おれ頑張って我慢してたんだけど。
名前の要望どおり唇に口づけながら漏らしてみたら、心底不思議そうに「なんで?」って返された。

「…好きだから」
「? じゃあ私も我慢したほうがいいの?」
「――…名前は、そのままでいいよ」
「え?私と勘ちゃんどう違うの」

首をかしげる名前へ説明するのが面倒で(っていうか暴走しそうだとか大事にしたいとか、言うの恥ずかしいし)曖昧に誤魔化して、名前が上機嫌だった理由を聞いた。

「今日ね、勘ちゃんのこと褒められたんだよ」
「おれ?」
「私の面倒みたり世話焼いたり、勘ちゃんは根気強くてすごいって」

それって名前自身はあまり褒められてない気がするんだけど。
――とは思ったけど、にこにこ嬉しそうにしながら抱きついてくる名前が可愛かったから、変につっこむのはやめた。

「そしたらね、勘ちゃんに会いたくなっちゃった」

それにこんなこと言われたらさ、もうおれどうしたらいいかわかんない。

同時に、色々我慢するのはきついけど正解だとも思う。

「…早く大人んなってよ名前
「私を子供扱いする勘ちゃんが変なんだよ!!」
「そうかなぁ…お前絶対まだお子ちゃまだから」
「そんなことないってば!勘ちゃんのバカ!意地悪!」
「あー……、じゃあそのうち試すよ」

お腹空いた、ご飯と主張し始めた彼女がちゃんと聞いていたのか疑問だけど。名前の反論はしっかり覚えておこうと思った。

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