カラクリピエロ

歩くような速さで(7)


※不破視点





「――ここじゃあ君が目立っちゃうね。移動しようか」

三郎の合図を受け、勘右衛門から「見てるだけでいいから頼む」と背中を押されて(反論する暇はなかった)廊下に出た僕は、は組の彼が名前を別の場所へ促すのを聞いて少し驚いた。
穏やかな口調と笑顔は優しげだし気遣いはもっともだけど、なんだか名前が彼に告白しにきたみたいに見えてしまったからだ。

(……違うよね?)

思いながら一度その場を通り過ぎ、曲がり角でそっと息を吐き出す。
てっきりこの場で一言二言会話して終わるものだと思っていたから――これからよろしく、くらいの挨拶だと思い込んでた――戸惑いながら、名前と『は組』の彼を追いかけることにした。

名前の歩幅に合わせているらしい彼はゆっくりとどこかへ向かって足を運ぶ。
その道中で名前と遭遇した昨日の話や、彼女が彼に会いに来た理由をさらりと聞き出していた。

助けてもらえて嬉しかった、幼馴染と全然違ってた(勘右衛門どんまい)、それがきっかけで友人からあなたの話を聞いた――

「それで、もっと、知りたくて」

ぎこちなく、だけど懸命に紡ぎだされる言葉は直球すぎるほどで、彼女の言う“知りたい”がただの興味や好奇心だとしても。それは告白しているようにしか聞こえなかった。

盗み聞いてる僕がそう思うんだから、それを真正面から受け止めている彼も似たようなものじゃないかと思う。

ふと勘右衛門の顔がよぎる。
ジワリと湧き上がる嫌な予感に心臓が速くなり、知れず手のひらをきつく握り締めていた。

「はは、なんだか照れるな」
「それで、あの、よければ友――」
「うん、いいよ。付き合おっか」
「………………は?」
「君みたいな可愛い子なら大歓迎だ」
「え?」
「俺のこと知りたいんでしょ?なら一緒にいるのが一番だよ」

名前が戸惑っているのがわかる。
僕だって、なにが起きたのか全然わからない。

――どうしよう。僕は一体どうすべきだ?

勘右衛門は見てるだけでいいと言ったけど、思わず覗いた先で手を繋いでいる(というか名前の手が一方的に掴まれている感じだけど)二人を前にして、つい声をかけてしまった。

ああ、本当にどうしたらいいんだ。理由なんて何も考えてないのに。

「雷蔵くん!」
「ご、ごめんね、割り込んで」
「ううん全然!」

…………ごめん。
申し訳なさは、は組の彼に対して湧いた。
こうもキッパリ、しかも満面の笑みで言われたらさすがにいい気はしないと思う。

だけど彼はそんなことを微塵も感じさせず、相変わらず穏やかな調子で「不破と知り合い?」と名前に向かって微笑んだ。

「友達なの。ね?――……雷蔵くん、勘右衛門は?」

僕が頷き返すのと同時、きょろきょろしながら聞いてくる名前になんだかほっとする。

「心配してたよ。迷子になってるんじゃないかって」
「それで捜しに来てくれたの?」
「……うん、そう!そうなんだよ!よかった、見つかって」
「大丈夫なのに。勘右衛門はいつまでたっても私を子供扱いして」

む、と不満そうに口を尖らせながらも、どことなく嬉しそうな名前に笑う。

ほっとしたのも束の間、流れで一緒に五年の教室がある廊下まで戻ることになってしまった。
おかげで僕は非常に落ち着かない気分を味わっていた。

「尾浜とも知り合いなんだね」
「勘右衛門は幼馴染なんだよ」
「ああ、さっき話しに出てきたのって尾浜だったんだ。仲良いの?」
「…ど、どうかな、良いよね?」
「ものすごく良いと思うよ。周りが勘違いするくらい」

どんな勘違いかというのを伏せて返せば、“仲が良い”を受けてか名前は嬉しそうに笑う。
急に距離を置きたがった勘右衛門に不安になってたんだろうなぁと思いながら、彼女の隣で笑う彼の表情が気になった。

「あ!勘ちゃん!」
名前……お前何度言えば…いってぇ!加減しろばか!」

廊下でぼうっと突っ立っていた勘右衛門が見えた途端、駆け出して体当たりを食らわせる名前を見て勝手に顔が緩む。
――やっぱり僕は、こうしていつもの光景を見るのが好きだ。

勘右衛門がよろけながら、さりげなく名前を支えるのをしみじみと見守っていたら、僕の隣にいた彼がいきなり吹き出した。

「…なあ不破」
「ん?」
名前ちゃんて可愛いな」
「え!?」

笑いを噛み殺しながら二人の方へ近づいて行くのを呆然と見送る。
ハッとしてどういう意味かを聞いたら、彼は笑って「どうって、そのままだよ」と答えた。

だからその可愛いの種類……っていうか、名前と話してるときと態度違わない!?

「勘右衛門!私頑張ったよ!」
「…………そ。で?友達になれたの?」
「――お友達っていうか、俺たちオツキアイすることになったんだ。ね?」

そっと名前の肩を抱いて微笑む彼に対する二人の反応はどちらもわかりやすかった。
困りきった表情で「本気だったの!?」と慌てる名前と、機嫌が急降下した勘右衛門。
それを楽しそうに眺めて勘右衛門に何かを呟くと「またね名前ちゃん」と手を振って姿を消した。

「? 勘右衛門、何言われたの?」
「…………おれが、お前に対して過保護だって」
「当たってるじゃん」

……本当は、何を言われたんだろう。

名前に視線を移して苦笑する勘右衛門を見て、聞いていいものか迷う。
でもあの様子なら、そう悪いことじゃないのかもしれない。

「ったーーーい!!」
名前が悪い」
「わけわかんない!勘ちゃんのバカ!いじめっ子!」

べし、と名前の額を手のひらで叩いてあしらっていた勘右衛門が、溜息をつきながら「おれ、わかりやすいってさ」と呟く。
視線を向けて首をかしげれば、勘右衛門は名前を見てから僕の方を向き、どう思う?と聞いてきた。

「そうだなぁ……昨日から、だいぶね」
「…………やっぱ名前のせいじゃん」

彼に言われた内容ってそれだったのか。
思わず笑ってしまった僕に対する返事のように、勘右衛門は眉を寄せて大きく溜息をついた。

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