――はたして自分の運は良いのか悪いのか。
雷蔵は教室から窓の外を眺め、自嘲めいた笑いの代わりにため息をついた。昼ごろから雲行きが怪しいとは思っていたが、五限目の途中から本格的に振り出した雨は一向に止みそうにない。
(今日こそ誘うって決めたのに…)
脳内で独りごち、通学カバンに教科書やノートをしまいながらさりげなく前方――教卓前の席を窺うと、誘うべき対象は帰る準備を終えたのか、カバンをぽんと叩いて立ち上がるところだった。
雷蔵は自分の支度を放りだし、慌てて席を立つと彼女に声をかけた。
「あ、の、苗字さん!」
「はい?…って不破くんかー、なあに?」
くるっと雷蔵を振り仰いだ彼女の笑顔にあてられて、咄嗟に胸元を押さえた雷蔵に遅れること数舜。ぐっと速度を上げた心臓は元気に雷蔵の手を押し返していた。
雷蔵は現在目の前の彼女――苗字名前に絶賛片思い中である。
――“よければ一緒に帰らない?”
今まで何度もシミュレートを繰り返し、(不本意ながら)友人に手伝ってもらって練習までしたにも関わらず、その一言が喉に張り付いて出てこない。
微笑みを浮かべて先を促す名前を待たせたくないのに、雷蔵の口は上手く動かなかった。
「不破くん今日図書当番だっけ?交代のお願いとか?」
「い、いや、そうじゃなくて…雨だから」
きょとんとする彼女と同じく雷蔵も固まる。雨だからなんだというのだろう。
どうしてその言葉が出てきたのか、この先をどう続けるつもりなのか。頭の中が真っ白になった雷蔵は緩く首を振ると「ごめん」と言いながら苦笑した。
「ごめん…その、言おうとしたこと、忘れちゃったみたいだ」
「ああ、あるよねそういうこと」
気を害した様子もなくくすくす笑う名前にホッとする。
今日も駄目だったと内心諦めている雷蔵の後ろで、彼の練習に付き合わされた友人二人ががくりと項垂れたことには気づかずに、彼女を見送るべく廊下へと出た。
名前は廊下の窓からふと外を眺めてから雷蔵に視線を移すと微笑む。
「しばらく図書室にいるから、もし思い出したら教えてね」
「え」
「今日傘忘れちゃって」
恥ずかしそうに髪をいじっていた名前が手振りを交えて「お天気お姉さんを信じて」とか「この前入った本も気になるし!」と言うのを聞きながら、雷蔵は再度ドクドクと音を立て始めた心臓を自覚した。
傘なら自分のがある、寮まで送っていく、だから一緒に――言うべき言葉は脳内で空転するばかりで出て来てくれない。
名前がキュ、と上履きを鳴らす。いってしまう。にこりと笑って挨拶を口にするために開かれる唇から目が離せなかった。
「「――雷蔵!!」」
自分を呼ぶ二人分の声に思いきり肩が跳ねる。
視線をやれば友人が雷蔵に向かってなにやらブロックサインを送っていた。意味なんて決めていない、初めて見るものだが言わんとすることは嫌というほどわかる――『今行かなくてどうするんだ』という応援だと、受け取った。
「なにあれ、暗号?」
「…うん。がんばれって」
仲良いねと笑う名前に向き直り、深呼吸をひとつ。
どうか断られませんようにと祈りながら、ようやく練習の成果を発揮した。
雨の日オムニバス【不破雷蔵編】
1337文字 / 2013.07.17up
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