カラクリピエロ

歩くような速さで(6)


※鉢屋視点





委員会の仕事をいくつか肩代わりすることを交換条件に、私は現在名前に付き添って五年は組を目指していた。
鉢屋三郎だと気付かれないよう、は組の生徒に成りすまし、さも偶然を装って挙動不審だった名前に声をかけたのはついさっきだ。

赤い顔でどもりまくる名前は傍から見ていても精一杯の全力投球といった感じで、今にも倒れるんじゃないかと無駄にハラハラしてしまった。
件の生徒のところまで案内してほしい、とようやく形になったときには衝動に任せて「頑張ったな」と頭を撫でてしまうところだった。実に危ない。

勘右衛門の幼馴染なだけあって私たちとの付き合いもそれなりに長いが、あいつが逐一名前の世話を焼くのを見てきたせいで妙に庇護欲を掻き立てられる。
名前は何かに似ているんだよな、と思いながら視界の端を掠めた井桁模様に“ああ、あれか”と納得した。

しかし現在の名前は普段の奔放な様子とは違い、全身を緊張させピリピリした空気をまとっている。
胸元をきつく握り、機械的に足を動かす名前はやや俯き気味で口を噤んでいた。まるで話しかけるなと言いたげに。

(……実際余裕もないだろうしな)

ただでさえ人見知り(勘右衛門情報)なのに、今は頼りにしている勘右衛門も居ない。
見えない表情はきっと不安げに歪んでいるんだろうなと思ったら――

「大丈夫?気分でも悪いのかい?」

――声をかけずにはいられなかった。

「ご、ご心配なく」
(だったらその蒼い顔と震えている声をなんとかしろ)

気付かれないようにゆるく息を吐き出して、「駄目そうだったら言って」とだけ返した。

「もうすぐ着くよ」
「は、はい!」

私の言葉でより強く装束を握る名前をちらりと見下ろす。
ぐっと背筋を伸ばして顔をあげたのを見計らって、名前が口を開く前に相手を呼び出した。

「え!?」
「あれ、間違ってた?」
「い、いえ、ありがとうございました!」

深々と頭を下げる名前の傍に目標がたどり着いたのを見届けて手を振る。
すれ違いざま「あれ?」と不思議がる男の声を聞いたが、それに被せるように名前が「こここ、こんにちは!!」なんて挨拶をするから、男の興味はすぐに移ったようだった。

それにしても、あれは緊張しすぎじゃないのか。
当たり前の顔をして『は組』の教室に入りまっすぐ窓を目指す。そこから合図を飛ばし、ついでに変装も普段のものに戻した。

――さて、どんな結果がでるのやら。

入ったときと同じようにさりげなく『は組』の教室を出れば既に二人の姿はない。

「三郎、ありがとな」
「代わりにたっぷり仕事を回してやるさ。てっきりお前が行ったんだと思っていたが」

ふらりと姿を現した勘右衛門が意外でそう言うと、勘右衛門は「あー…」と間抜けな声を洩らしながら苦笑した。

「おれだと名前の邪魔しちゃうと思うからさ、雷蔵にお願いした」
「……邪魔したいんじゃないのか?」
「そりゃあね」
「矛盾してるだろう」
「おれはさ、名前に一回幼馴染離れしてもらいたいんだよ」
「……それであいつらが上手くいったら?」

間髪入れずにつっこむと、勘右衛門はあからさまな溜息をついて私を軽く睨み「考えないようにしてたのに」と嫌そうに言った。

名前の“初めて”は全部おれがいいんだけどなー」
「その言い方はいやらしいぞ勘右衛門」
「普通だって――ま、もし、仮に、万が一にでも、そうなったら奪い取るし」

さらりと口にする勘右衛門は無害そうな顔をしているくせに非常に物騒だと思う。
恋人と見まごう程のべったり具合で満足していればよかったのに。

「今までだって満足だったわけじゃないから。名前はおれにだけべったりでわがままで、甘えてきてたけど、あくまでそれは幼馴染としてだし……好きならもっとってなるじゃん?」

――おれって相当我慢強いよな。

ヘラリと笑って続ける勘右衛門に私は「そうだなすごいな」と返したが、どうでもよさが隠し切れずに勘右衛門からそれを指摘された。

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