カラクリピエロ

雨の日オムニバス【久々知兵助編】

彼女の足元でパシャリと水が跳ねる。
水たまりを踏んだ名前は微かに顔をしかめて溜息をついた。
深さを見誤ったのか不注意か、そんなことを考えながら横顔に視線を移せばちょうど何かを言ったのか唇が動いていた。
呟きは小さすぎて雨音にまぎれて聞こえない。
言い直さないということは、咄嗟に漏れた独り言だったんだろうか。

「……名前
「ん?」

こっちを向いた名前はきょとんとした顔で、一瞬前に見た表情なんて欠片も残ってない。なあに久々知くん、と俺を呼ぶ声や顔は嬉しそうに緩んでいて(うぬぼれじゃない、と思う)、わざわざ聞き直すのを躊躇った。
首を振ることで答えながら、雨は別に嫌いじゃないけれど雨の日の帰り道はあまり好きじゃないなとぼんやり思う。
どうしたって傘のせいで手が塞がるし、彼女との距離がいつもより遠い。

不意に思いついたことを実行すべく自分で差していた傘を閉じる。
唐突な行動に名前は「え!?」と戸惑った声をあげながら俺の方に傘を傾けて、自身も寄って来た。それが嬉しくて、勝手に顔が笑ってしまう。
どうしたのかと疑問符をたくさん浮かべている名前の手に自分の手を重ねる。

「一緒にいれて」

数回瞬いた名前はじわりと頬を染めてはにかむように笑った。

さりげなく傘を取り上げたつもりだったのに、名前は手持ち無沙汰に手のひらを開閉させると俺の傘を引き取りたがった。
断る理由もなかったから素直に渡すと、ついでとばかりに鞄も一緒に持ちかえる。その動きを横目に伺いながら名前が濡れてしまわないように位置調整をしていると、制服の背中…というより腰だろうか。そのあたりを掴まれて反射的に肩と心臓が跳ねた。

「…………私の傘、小さいから」

赤い顔で、言い訳しながら笑う名前が可愛すぎて困る。キスをしてもいいだろうか。でもここでしたら絶対に名前は逃げる、もし逃げなくても一歩分は離れる。咄嗟に捕まえられればいいけど今は荷物と傘とで両手がふさがっているし、そうすると必然的に彼女は濡れてしまうわけで――

ゆっくり深呼吸をしながらちらと頭上を見上げる。俺の味気ないビニール傘とは違って明るい色のついた布タイプ。
名前が言うようにいくらかサイズが小さな一人用。だったら俺のを使えばいいんじゃないかと思いながらも口にはしない。彼女も言わないんだから構わないだろう。

自分でもよくわからない理由をつけて帰り道を進む。
他愛ない話に紛れさせてキスをねだれば、名前が弾かれたようにこっちを見上げるからつい笑ってしまった。

「嫌か?」

――こう聞いてしまえば名前が断らないのを知っている。
俺の制服を握りしめ、どう答えたものか迷って目を泳がせる彼女を見つめながら、やっぱり雨の日も悪くないと名前に顔を近づけた。

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