カラクリピエロ

猫になった日

※久々知視点





今日はもう授業もないし、特に忍務も受けてない。
だから自主鍛錬の休憩がてら昼寝をして、起きたら名前に会いに行こう(くの一教室の授業も終わる頃だろうし)と思っていたのに――気付けば俺は何故か猫の姿だった。

自分で思う以上に疲れていたんだなと考えながら、どうせなら夢の世界を堪能してみようと思い至る。
いつもと見える範囲や体の勝手が違うせいで慣れるまでにだいぶ戸惑ったけど、一・二年生や猫好きの手を掻い潜り、無事くの一教室への侵入を果たした。

――さて、名前はどこにいるだろう。

頭上を飛び交う高い声を聞き分けようとするけど、ざわめきが大きすぎて上手くいかない。
教室よりも名前の部屋に行ったほうが確実か。
そう思いながら無意識に地面から廊下に飛び乗ったところで、箒が身体のすぐ横を掠めた。

「せっかく掃除したのに、この猫!」
「待って待って!わ、私が連れて行くから!!」

ひょいと飛びのいて着地した途端に聞こえた声に、逃げかけていた足を止める。
名前、と呼んだつもりだったのに猫の鳴き声にしかならなかった。

「おいでおいで」

俺から少し距離を置いてしゃがみ、名前が優しく言いながら両手を示す。
近づいてはみたものの、どうしたらいいのかわからず自分の手(前足?)を置くと、名前はパアっと顔を明るくして嬉しそうに笑った。

猫の身軽さを利用して床を蹴る。
名前の膝に乗って身体を伸ばし頬に口付けようとしたところで、彼女自身に動きを止められた。
両脇に手を入れられて持ち上げられ、身体が伸びる。なんだこの屈辱感。

「君、人懐っこいね。ねえ、この子誰かの飼い猫?」

抱きかかえられる形に呆然となりながら、くの一教室の中へ呼びかける名前の台詞を耳に入れる。
くのたまからの違う、知らないに混じる掃除をサボる気かというからかいに、名前は笑って「戻ってくるよ」と返しその場に残っていた足跡(俺のだろう)を拭いた。

「とりあえず、私の部屋でいい?」

うん、の代わりにニャーと鳴き声。
どうせ夢なら言葉をしゃべれる猫になれればよかったのに。

名前を呼ぼうと鳴けば宥めるように喉をくすぐられ、気持ちよさにゴロゴロ喉がなる。

――って違う!

俺をくすぐってくる指を押しのけるも、名前は可愛いなぁと呟きながら嬉しそうにするだけだ。
ようやく降ろしてもらえたと思ったらそこは名前の部屋で、柔らかく頭を撫でられてまた勝手に喉がなった。

「ふわっふわ」

くすくす笑いながら名残惜しそうに手が離れて行く。
教室の掃除に戻るんだろうというのは素振りからわかったが、これは俺の夢だ。
夢ならもう少しわがままを言っても許されるはずだ。

立ち上がろうとする名前に飛びついて装束に爪を引っ掛ける。
驚きながらも俺を支えるように添えられる手に甘え、今度こそと身体を伸ばしたら爪が外れない。

「あ。ちょっと待って、おとなしくして」

爪を外そうと奮闘していると、気付いた名前が俺の背中を撫でる。
俺にとっては貴重な行動なのに、猫相手だとこんなに簡単なのかと複雑に思いながら彼女を見上げた。

「痛っ、」
「!!」

名前が外してくれた両手は、思いがけず彼女の鎖骨に引っかき傷を作ってしまう。
それなのに名前はのんきに「元気だなぁ」と言いながら、笑って俺の頭を撫でた。

――…名前は動物にも極甘だ…

顔を近づけて傷口を舐める。
くすぐったい、とは言うものの嫌がってはいないと判断して続行したら、突然名前が悲鳴をあげて仰向けに倒れた。

眼下に捉えた名前は目を丸くして、何度も瞬きをしながら俺を見る。

「……いい眺めだな」
「え…、え、えぇ!?な……、え!?なんで久々知くん」
「夢だよ」

名前を抱き締めながら目を閉じる。
ふと見えた傷跡に口付ければ名前は驚きながら身体を震わせた。

「嘘、久々知くん寝ちゃうの…?」
「続きは起きたらな」
「ち、違う、そうじゃなくて、放してくれないと――」

名前の声が段々遠ざかって行くのを聞きながら、結構面白い夢だったけど…どうせなら逆がよかったなと思った。






(…困る、けど……ちょっとだけ、抱き締め返してみたりして)

名前ー、いつまで猫に構って…………あら」
「…………」
「邪魔してごめんね?」
「ちが、ちょっと待って!」
「でもあなた、結局掃除サボりよね。みんなを誤魔化してあげてもいいけど…、最近辛味が恋しくて」
「~~~~!!」
「…ふふ、ごちそうさま」

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