カラクリピエロ

久々知くんの恋人(5)


ふわっと空気が動いて明るさが増したことで覚醒した私は、食堂に着いてることに気づいて久々知くんに声をかけた。

久々知くんの体温と適度な揺れと、それから安心感。
朝なのに。起きたばっかりといっても差し支えない時間なのに、うっかり眠ってしまったらしい。

久々知くんと密着してて転寝……安心しすぎじゃないでしょうか。



◆◆◆



呼ばれて視線を下げた俺は、黒い内着にぴたっとくっついている(掴んで支えにしているらしい)名前を見て反射的に口を押さえた。
普段の大きさでも見てみたいとか、この大きさだからこそ見られる光景なのかとか、一瞬で色々浮かんで混乱しそうになる。

――俺が落ち着かなくてどうするんだ。

三郎は観察というか見透かすというか…そんな雰囲気で俺を見ていたが、俺が溜息をついた途端その表情を捨てて心配そうに身を乗り出してきた。

「…兵助、お前さっきからなんか変じゃないか?」
「かもな……後でちゃんと説明するから、ちょっと待ってくれ」

変というか、いつも以上に名前に振り回されてるだけなんだけど。
三郎に断りを入れて、制服を引っ張る。
名前はちょうど目をこすっていたところで、ぱっと顔を上げると誤魔化すように手を下げた。

名前、ご飯は?」
「…食べたい」
「寝てたろ」
「…………寝てない」

頑なに否定する名前に笑いが漏れる。
さっきの挙動といい、そんなに寝ていたのが恥ずかしいんだろうか。

そんな俺を見てあからさまに目の前でヒソヒソしだす友人たちを一瞥する。
抗議の一つでもしようかと思ったけど、とりあえず名前のご飯をどうするかのほうが大事だろう。

ご飯は米粒で大丈夫だし、味噌汁も大丈夫。
野菜は無理かな、俺が細かくしてやればいいか?

「……もしやとは思うが、名前にフラれてきたのか?」
「朝からそれきっついなー…っていうか、それ一番有り得ないでしょ」
「でも独り会話だぞ!?明らかにヤバイだろ」
「ちゃんと寝てないとか?」
「くのたまの実験で怪しい薬でも飲まされたか?」

三郎が意を決したように聞いてきたのを皮切りに、合間に勘右衛門を挟んで雷蔵と八左ヱ門が続く。

「…………お前ら失礼だな」

口元に手をやって考え込んでいた俺は顔をあげ、呆れ混じりに溜息を吐き出した。
皆は俺が幻覚でも見て独り言を呟いているんじゃないかと言いたいらしい。

まぁ落ち着け、と言いながら何故か俺を囲むように座りなおす彼らは壁のようだ。
これはこれで丁度良いなと思った俺は装束に手を入れて、名前が乗るのを待った。

「兵助、暴力沙汰はやめとけって」
「そうそう、ここは食堂のおばちゃんの城だからな、ヘタなことしたら返り討ちに――」

明らかに勘違いしている三郎と八左ヱ門を見たものの、名前が「いいよ」と言ったから。
俺はそのまま手を引いて(ちょこんと行儀よく座っている名前も可愛い)、テーブルに寄せた。

言葉も無く、息を呑んで同じ場所を凝視する四人の顔は見ものだ。
俺もこういう顔をしてたんだろうか。

手の上からテーブルに降りようとして、出した足を慌てて引っ込めた名前は俺を見上げ、手を合わせた。お願い、の意味らしい。

「どうした?」
「あの、手ぬぐい、あるかな」
「なんで?」
「テーブルの上に乗るのはどうしても抵抗があって…でもご飯食べたいし、だから妥協案」

なるほど、と納得して癖で懐を探ったが持ってなかったんだった。
第一持ってたら名前を包むのに使ってるはずだ。

「――雷蔵、手ぬぐい持ってないか?」
「へ!?え、う、うん、これでよければ…」
「ありがとう。ほら名前、」
「あ、もっと厚めに畳んでほしい」
「こうか?」

片手に名前を乗せたまま手ぬぐいを適当に折り重ねる。
そのままぴょんとそこに降り立つと、名前は嬉しそうに笑って礼の言葉を口にした。

「どういたしまして」

答えながら、名前が持っていた端切れを取り出して彼女を包む。
名前はほんのり頬を染めて(気づいていなかったらしい)、視線を泳がせつつ、もう一度「ありがとう」と照れくさそうに言った。

「不破くんもありがとう」
「ううん、僕は何も…………いやいやいや!!?ちょ、兵助!?」
「わっ!?」

ガタン、と音を立てて立ち上がる雷蔵に合わせてテーブルが揺れる。
三人用の椅子はさすがに動かなかったか。
咄嗟に借りた手ぬぐいごと名前を持ち上げた俺は、椀から少しこぼれた味噌汁を見て、勿体無いと妙に冷静な感想を持った。

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