カラクリピエロ

久々知くんの恋人(1)


いつもの時間に目が覚めて、なんだか天井が高いなぁなんて思ったけど私は朝に弱いから、そのせいだろうなと思ってた。
続いて寝苦しくて布団を持ち上げようとして、また違和感。厚いというか重いというか、その両方というか。それでも身体をもぞもぞさせて起き上がったら――部屋にあるもの全てが巨大だった。

あ、これ夢だ。
乾いた笑いがこぼれる。

起きたばっかりだっていうのに変な汗が浮かんで、思わず自分を抱き締めた。

「……夢、でしょ?」

そうじゃなきゃ困る。
もう一度目を瞑って、起きなおしたらきっといつも通りの私の部屋――

「……起きようよ私……」

目を開けても変わらない光景にじわじわと押し寄せる絶望感。
じっとしていられなくて立ち上がったら、いきなり布団に足をひっかけて転んだ。
上体を起こしながら部屋を見回す。ものすごく広い。いつもなら数歩でいける文机があんなに遠い。

一体全体何事なんだろうかこれは。
夢なら早くさめて欲しい。
勝手に震える指で頬をつねる。痛い。

(…どうしよう)

――泣きそうだ。
振り払うように首を振りながら寝巻きの胸元を握る。
何も着てない状態じゃなくてよかった…と思うべきなんだろうか。

私は混乱した頭のまま、とりあえず着替えようと枕元に置いた装束に寄る。どう見ても着られる大きさじゃない。後から考えれば当たり前なんだけど、そのときは全然頭が回っていなかった。

「…どうしよう…」

つい声に出してしまった。じわっと浮いてきた涙を急いで拭う。
やっぱり夢だったりしないんだろうか。
不安でドキドキ鳴る心臓を押さえながら、私は何かできることを探して立ち上がった。



◆◆◆



――今朝のメニューはなんだろう。
俺はくのたま長屋の方へ向かいながら思いを馳せる。
できれば豆腐料理が一品あると嬉しい。朝だし、味噌汁にどうだろう。

「ちょっとそこの…えーと、そう、久々知!」
「あ?」

敷地の入口で、名前が来るまではもう少しかかるかと待つ姿勢をとろうとしたら、いきなり くのたまに声をかけられた。
見れば彼女は確か名前の友人だったはずだ。
名前と一緒にいるところはよく見るが、あっちから接触してくるなんて珍しい。

名前そっち行ってる?」
「…は?」
「部屋に居なくて吃驚しちゃったじゃん。連れ出すのはいいけど朝にはちゃんと返してよね」

言われている内容が理解できなくて黙り込む俺に、名前の友人は畳み掛けるようにそう言うと「これ渡しといて」と教材らしきものを俺に押し付けてあっという間に去っていった。

名前が部屋にいない。
湧いてくる嫌な予感に居ても立ってもいられず、くのたま長屋に忍び込むべく急いで自分の部屋に戻った。さすがに準備無しで飛び込む勇気はない。

「…名前

天井の板を外して小さく呼びかける。
眼下には寝るための布団が敷いてあって、僅かに乱れている。
潜って寝ているだけなんじゃないかと思ったが、それにしては布団の盛り上がりがない。

なるべく音を立てないように、静かに部屋に降りる。
やはり布団は空で、念の為に上から押さえても空気が抜けただけだった。
枕元には綺麗に畳まれた桃色の装束が置いてあるものの、こっちには触れた様子がない。

名前、居ないのか?」

彼女の性格からして寝巻きでウロウロするなんて考えにくい。
寝起きを襲われたのか、誘拐か、悪いほうへ行く思考を慌てて振り払う。
ここはくのたまの長屋で、それは易くないはずだ。

ふと視線を感じて振り向く。
壁…というか収納スペースの襖があるだけで、特に変なところは……もしかして名前が気配を消して隠れていたりするんだろうか。

「……名前?」

利点なんてないだろうし、理由もよくわからない。
そもそも居るとは限らないけれど、可能性があるなら見ておくべきだ。
普段ならこんなこと絶対にやらないけど、今は不安を解消したい。

そりゃ、常日頃から中身が気になる場所ではあるが。

若干言い訳くさいことを考えながら、俺は襖に手をかけた。

「開けるぞ」

「だ、だめぇぇえええ!!」

ぴょん、と飛びついてきた物体に、俺は思い切り目を見ひらいた。
ちっちゃい名前だ。

「だ、だめだめだめ!いくら久々知くんでも見せられません!!」

しゃべってる。
しかも動いてる。でも小さい。
高度な幻覚だろうか、それとも俺の妄想か?
しかしそれなら別に寝巻き姿じゃなくても…いや、これはこれでいいものだけど朝だし、もう少し健全な方が――

「……あの、久々知くん」
「はっ!」

びくっと身体を震わせて、声のした方を見る。
やっぱり小さいサイズの名前がいる。
そうか夢か。よくできてるな。

動きも細かい。
襖を背にして座り込んだ名前が、どこからか出した手ぬぐいを頭からかぶって、まるでてるてる坊主みたいになっているのを観察しながらそんな感想を抱く。
思わずつつくと「きゃあ」と可愛い悲鳴をあげて身を縮めてしまった。

「…………、今、俺…触れた?」
「わ、わかるけど…その気持ちっていうか、つっついちゃうのわかるけど!でも酷い!」

ぷるぷるしながら布の間から顔を覗かせる名前を見てると、なんだろう…なんとも言えない気持ちになる。

――って、そうじゃなくて。

「え、まさか……名前!?本人なのか!?」
「…………うん」

ゆっくり縦に振られる首を呆然と見ながら、俺の手に身を寄せて自身の手を触れさせる名前の温かさを感じていた。





ちっちゃい名前さんと久々知の出会い(?)

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