お菓子をくれなきゃ…(Trick)
……おかしい。
飴玉の一つくらい入ってても良さそうなのに、今日に限ってそれがない。
「名前、ないのか?」
「ちょっ、ちょっと待って、ある!あるはず!」
「なら早くくれないとな」
ニヤリと口元を歪ませて、近づいてくる三郎の手には何故か筆。
進行を止めようと片手を前に出し、後ずさりながら尚もお菓子を探してみるけれど、ないものはない。
気づけば壁際に追い詰められていて、私の右手は三郎の左手に掴まれていた。
「時間切れだな名前」
上機嫌に笑う三郎が一気に距離を詰めて、私の顎を掴む。
反射的に目を瞑ったら、べちゃ、と頬で音がした。
「――な……なにしてんの!?」
「い、た、ず、ら」
詳細を聞いているのに、わざとらしくはぐらかす三郎。
くすぐったい上に何をされているのか不安でしかたない。なのに三郎が私を押さえ込んでいるせいで動けない。
「よし、これでいい」
三郎は満足そうに頷くと、おまけとばかりに私の頭に手を置いて撫でた。
それから親切にも腕を引いて立たせてくれる。
怪しさしか感じられなくて話しかけるのも躊躇っていた私は、いつの間にか帰ってきていた不破くんの驚いた声でハッとした。
「名前、それ……」
「え?なに?」
「三郎、もしかしてこの墨」
「よくわかったな。この前町で買ったやつだ」
「ば、馬鹿!!」
なぜか焦りだす不破くんが気の毒そうに私を見る。
何が起こっているのかわからない私は、そっと差し出された鏡を見て固まった。
“鉢屋三郎”
私の頬に。堂々と。目の前でニヤリ笑いをする男の名前が書いてある。
「さ、さ、三郎ーーー!!」
「はははっ、残念だったな名前、そいつは三日間は落ちない仕様だ」
「はあ!?」
さっさと手ぬぐいを取り出して頬を擦る。落ちない。
乾くのが早すぎじゃないだろうか。
相変わらずニヤニヤしている三郎を睨みつけ、水を求めて部屋を出た。
+++
「三郎ーーーーー!!」
バン、と勢いよく部屋の戸を開ける。
楽しそうな笑顔で私を出迎えた三郎は、
「落ちないと言っただろう」
なんて言いながら自慢気に胸を張った。
「どうしてくれるの!」
「いいじゃないか、自分の物に名前は必須だしな」
悪びれもせず言い切られた内容で一気に顔に熱が集まる。
同時に、ぶち、と自分の中で何かが切れた気がした。
1000文字 / 2011.10.30up
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