※久々知視点
「もしかしてお豆腐だったりして」
箱を手にしながら嬉しそうに礼を口にした名前は、僅かに首を傾げて楽し気に言った。
俺に対してこんな風にからかう様子を見せるのは珍しい。
笑顔の名前に笑い返して「よくわかったな」と調子を合わせると、驚いたように目を見開いた。
「ほ、ほんとに…?」
「嘘だよ」
「……ちょ、もう!」
俺の返しに数回パチパチと瞬きをして、からかわれたことに気づいた名前が眉根を寄せながら顔を赤くした。
「名前の冗談に乗っただけなのに」
「なんとなくお約束かなって………」
自分が発端だとわかったらしい名前は、誤魔化しのためか…それとも拗ねてるフリなのか、俺から少し離れて箱を開けて――閉めた。なにしてるんだ。
「……お豆腐じゃないんだよね?」
「もちろん」
「紛らわしいよ…」
もう一度ふたを開けた名前が呟く。
まぁ、見た目がなんとなく似てるかなと思って選んだからな。そう言われても仕方ない。
中身をじっと見て動かない名前に近づいて、後ろから覗き込む。
「豆腐味とかじゃないぞ?」
「ん?久々知くんが選んでくれた物だし、味の心配はしてないけど…どうやって食べようかなって。まわりのって粉砂糖だよね」
どうやら指が汚れる心配をしているらしい。
考えるときの癖なのか、口元に手をやって唸る名前を見て、たまらず抱き締めてしまった。
驚く声を上げる名前は振り返ろうとしたのか半端に身体を捻る。俺が密着してるせいでそれ以上動けないんだろう。
「く、久々知くん?なに、どうしたの!?」
「……こうしたくなっただけ」
代わりのようにでてきた声に思ったまま返すと、前に向き直った名前が俯きながら俺の腕に触れた。
「いきなりは…びっくりするから…」
かろうじて聞き取れるくらいの音量で言いながら、名前は俺の装束の袖口を掴んだり離したりと落ち着かない。
――これが計算じゃなくて照れ隠し故の行動なんだからタチが悪い。
勝手に煽られておきながら相手のせいにして腕に力を込める。
自分の腕の中にすっぽりと納まった名前に満足したところで箱に手を伸ばした。
「そ、それ、私のだよ!?」
「わかってるって」
借りてきた猫のようにおとなしくしていた名前が勢い良く言うのに思わず笑う。
俺が彼女に贈った物なんだから代わりに食べる気は全くない。
なのに箱に手を入れる俺に、名前は“どうして”と空気で訴えかけてきた。
「あーん」
「!?」
言いながら、取り出したピースを名前の口元にもって行く。
名前は反射的に逃げようとしたのかもしれない。床板で滑ったのか、僅かに身体を沈みこませた彼女と目が合う。
上から見下ろす形で笑うと、ぎこちない微笑みと冗談かを問う視線が返ってきた。
「早くしないと溶ける」
「本気だった!」
「どうやって食べるか迷ってたろ?」
「この選択肢は考えてもなかったんですけど…」
「じゃあ俺が食べさせる一択で」
さすがにそれは、と渋る名前に最後まで言わせることなく唇に菓子を触れさせる。
自身の手で俺の腕を止めた名前は、顔を赤くして視線を彷徨わせた後ぎゅっと目を瞑って口を開けた。
「あ」
ぱく、と閉じた口に自分の指先が巻き込まれてつい声を上げる。
同じく驚いたらしい名前が更に顔を赤くして目を白黒させていた。
「名前に食われた」
「~~~~ッ!!」
手で口を覆って租借していた名前を見ながら指先に残った溶けかけの菓子と砂糖を舐めとると、食べ終わったらしい名前が急に暴れだした。
言葉もなく俺の腕を外そうと頑張っている名前の努力を無視して抱えなおせば、今度は言葉が飛んできた。
「もう帰る!」
「まだ残ってるぞ」
「じ、自分で、食べられるから」
今までは照れていたけど…それでもおとなしくしてたのに、なんで急に。
「ああ……指か?俺は別に気にしてないけど」
「ち、が…、」
「違う?じゃあなんだ?」
「ちがわない!私は、気にするの!」
その“違わない”が嘘だなと思った。
依然赤い顔のまま、じたばたしている名前の頭に自分の頭を乗せながら行動を振り返ってみる。手ずから食べさせる他はなにもしていないはず――
「……わからないな」
「だ、だから、指のことだよ」
「それだけじゃないんじゃないか?」
頑なに口を閉ざす名前が首を振る。
俺の問いかけへの否定なのか、言う気はないのか判断がつかなかったけれど、恥ずかしがっているらしいことだけはわかる。
このまま追求するのも有りだと思うが、追求したらそのまま帰られそうでもある。
(…それはさすがに勿体無いよな)
ふと箱に入ったままの残りを視界に入れる。
名前にこれをどう食べさせるか――そっちの方が楽しそうだと思った。
補足:中身はホワイト生チョコレート
→白くて四角い…(久々知)
2011文字 / 2011.02.18up
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