カラクリピエロ

→からっぽ?(鉢屋)

※鉢屋視点





「どうだ?」

ふたを開けた名前は私の問いかけに、ようやく首を動かした。
からくり仕掛けならギギギ、と音でもなるだろうか。

「…どうだと言われても…何も入ってないんだけど」

もう一度箱の中をのぞいて、私に向かって不満げな声を投げてくる。
内心ではやっぱりなと思ったが、私はそれを顔に出さず、代わりに残念といった風情で肩を竦めてみせた。

「どう見ても空気しか入ってないよ」
名前に期待するだけ無駄か」
「ちょっと!」

ほら、と私に向かって箱を見せる名前に呆れの色をにじませて言うと、すぐさまムッと眉を寄せる。

予想した通りの反応と言動につい笑いそうになったものの、ここらへんで機嫌を直しておいたほうが得策か。
私は手品のように、手のひらに乗せた小さな包みを見せた。

「まったくお前は本当に短気だな。ほら、」
「持ってるじゃん!」
「だが素直には渡せない」

手を伸ばしてくる名前を避けて言うと、名前はあからさまに面倒くさいと顔に出す。
続けて「えー…」と言動にも表れるところはさすがだと妙に感心してしまった。

「…なんか嫌な予感しかしない。ニヤニヤ笑いだし」
「なに、簡単だって。名前がこれを自分で探すっていうのはどうだ?」

出したときと同じように、包みを消して見せると名前が驚きでわずかに目を見開き何度も瞬く。
きっとその脳内で探索範囲の規模でも考えているんだろう。

「えーと、部屋?長屋?まさか学園とか言わないよね?」

やっぱりか。
だけど…さすがにたかが菓子ひとつにそんな広範囲を指定するわけがない。

名前は馬鹿だな」
「どうせ…!」
「対象はお前の目の前だ。どうだ、簡単だろう?」
「は…?」

訝しげに眉をひそめる名前に、笑いながら私自身を指差す。
私と同じように、こっちを指差しながら「さぶろう?」と一音ずつ確かめるように呟く名前が思いのほか可愛くて、その手を取りそうになった。
代わりに頷くと、ようやく意味を把握したらしい名前が瞬時に顔を赤く染める。

「や、やだよ!」
「私からは受け取れないと」
「そんなこと言ってないでしょ。普通にくれればいいのに、なんでそんな、余計なこと考え付くかな…」
「こうでもしないとお前から寄ってこないだろうが」
「………………そういうことは声に出さないでください」
「理由が知りたかったんじゃないのか」
「三郎、絶対私の反応楽しんでるよね!」

名前は恨みがましく私を見るが、実施してくれる気はあるらしい。
しばらくの間赤い顔のまま唸っていたが、意を決したように寄ってきた。

「っていうか危なくないよね…?」

普通、好きな女が近づいてきて自分に触れるんだから、危なくないなんて保証はできないよな。
とは思ったものの、こんなこと素直に言ったら名前は脱兎のごとく逃げるだろうから――

「忍具なら、今は持ってない」
「ならいいや。じ、じっとしててね」

やっぱりこいつは単純だな、と思いながら頷く。
私の制服をきつく握っていた名前は(おかげで皺ができた)ゆっくり手を中に入れた。

……これは、ちょっと、やばいかもしれない。
名前の手とか(装束の中に入ってるだけなんだが)、自分とは違う体温とか、匂いとか…そんな諸々が。

「…………なあ」
「な、なに!?」
「やらしいよな、絵面が」
「ばっ、さ、三郎が、言ったからで!私は全然、そんなつもりはないんだから!」

耐えきれずに言うと、案の定勢いよく離れる名前。予想外だったのは立ちあがって今にも部屋から飛び出しそうになっていたことだ。

「も、いい、いらない!」

慌てて名前の手を捕まえて引っ張ると、勢いがつきすぎたのか倒れるようにして私の腕の中に戻ってきた。
なおもジタバタと暴れる名前を抱えるようにして抱きしめる。

「悪かった、怒るなよ」
「三郎のせいでしょ!」
「わかったわかった。ごめん。ほら、ちゃんと用意してあるって言っただろ?」

名前が文机の上に放置していた箱を示すと、名前はぴたりとおとなしくなった。
やっぱり単純だこいつ。

「これは、からっぽ、でしょ」
「……名前、本当に気づかないのか?」
「だって、」
「振ってみろ。ったく、私がここまでネタばらしするなんてお前くらいだぞ」

感謝しろと付け足す間に、名前は半信半疑といった様子で箱を振る。
カタカタと音が鳴るのは中身が入っているからだ。
勢いよくこちらを振り返る名前から視線を逸らす。なんとなく、直視できない、それだけだ。

名前は慌てて箱を逆さにして中蓋を外し、目的のものを見つけられたようだ。

「ありがと…」

嬉しそうな呟きに顔が熱くなったけれど、幸い変装のおかげでばれないだろう。

「――どういたしまして」

いつものような笑い方で、少し皮肉気に言うと、名前が「三郎は捻くれ者」と言って笑った。

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