カラクリピエロ

歩くような速さで(3)


※久々知視点





てっきり将来を約束し合ってるくらいの関係性かと思っていたから、名前の“好きな人ができたかもしれない”には本当に驚いた。
ころっと心変わりするような子には見えなかったし、お互い一緒に居るのが自然みたいなところがあったから。

しかし、勘右衛門曰く二人はただの幼馴染で、それ以上の関係ではないらしい。
俺の勘違いに対して“気づいてもよさそうだ”と言われたが、普段の二人を見たら八割以上の人は俺の勘違いに納得してくれるんじゃないかと思う。

「…ね、勘右衛門」
「だめ」
「半分」
「だめ」
「じゃあ三分の二」
「増えてるじゃん!ったく、残りはちゃんと頑張れよ」

目の前の二人は何の話をしているのかと思ったら、夕飯の一品についてだったらしい。
名前は好き嫌い多すぎ、とブツブツいいながら自分の皿に件のおかずを多めに移す。

(……三分の二、か)

気づいたときに笑いが漏れてしまう。
名前は不思議そうに首をかしげたけれど、勘右衛門はばつが悪そうな顔をして「兵助もそう思うよね?」とやや上擦った声で話しかけてきた。
さっきの暴露話もあわせて、勘右衛門なりに照れているんだろう。

「そうだな」
「ほらな。聞いたか名前、好き嫌いするなんて贅沢」
「勘右衛門だって嫌いなものあるくせに!」
「おれは嫌いでもちゃんと食べるし無くす努力してるから」
「嘘つき!この前私に“お前これ好きだったよな”って言いながら押し付けたじゃん!」
「だって好きだろ?昔からつまみ食いするほど好きでおばさんに怒られて」
「し、してないもん!」
「今は、が抜けてるよ名前
「勘右衛門のバカ!意地悪!記憶力よすぎ!」
「はいはいありがとう。いいからさっさと食べようよ」

褒めてない!と憤る名前を流しながら自分の食事を再開させる勘右衛門。
全く口を挟めなかったけど(挟む気も起きなかったが)、やっぱり名前には甘いんだなという感想しか出てこない。

「で、本当に嫌いなのか?」
「ん?」
名前に押し付けたって話」
「ああ……別に、そうでもないよ」

ちら、と食事に没頭している彼女を見て控えめに返してくるから思わず噴出してしまった。
名前が“勘右衛門が嫌いなもの”と認識してしまうくらい、彼女の好きなものを譲っていたんだろうかと想像して「お前って案外健気だったんだな」と口にした。

「…………やっぱ兵助に言うんじゃなかったかも」
「協力してほしいんじゃなかったのか?」
「そうだけど、今のところ特に思いつかないし…邪魔さえされなければ、おれ一人でも――」
「か、勘ちゃ、勘右衛門!」
「うわっ、なんだよ名前。もー、落としちゃっただろ」

突然興奮した様子で勘右衛門の腕を揺らす名前に、びくりと肩を揺らした勘右衛門がそれを誤魔化すように溜息をつく。
傍目には動揺してるなとわかったけれど、原因である当の名前は気づいた素振りもなく、内緒話をするように口元に手のひらを立てて勘右衛門に顔を寄せた。

頬を紅潮させて嬉しそうに目を細める名前と、僅かに顔を赤くしている勘右衛門。

(……これで恋人同士じゃないっていうんだから……)

幼馴染とはこういうものなんだと認識してしまいそうだ。
珍しい光景じゃないから黙々と食事を続けていたら、ポンと肩に手を置かれた。
見れば膳を手にした三郎がいて、俺は少し位置を移動して場所を空けた。

「ん?あとの二人は?」
「授業の後片付けが長引いてるんだろうな。私は先生に呼ばれたから先に抜けさせてもらった。そっちは……またイチャイチャしてるのか。独り身には辛いだろう兵助」
「いや、別に。いつものことだし」
「それもそうか」

溜息混じりに隣に座る三郎に返したところで、いつもより低めの声が「三郎」と呼びかける。
先ほどとは一転して僅かに苛立っている様子に驚いた。
俺と同じく驚いたらしい三郎(来たばかりなんだから当然だ)が目をしばたかせ、一旦持ち上げた箸を置いた。

「どうした勘右衛門」
「あのさ、奥のテーブルに座ってる五年知ってる?」
「どれだよ」
「左から二番目」
「………は組のやつだな」

つられて見ると五年が何人か固まって談笑しているのが目に入る。
他の組の生徒にはあまり関心がなかったから、知らないやつだとしか思わなかったけれど、さすがというべきか三郎は情報を持っているらしい。
眉間に皺を寄せる勘右衛門の横で名前が身を乗り出した。

「三郎くん知ってる人?友達?」
「知っている人ではあるが、友達ではないな。どうしたんだ名前、浮気の算段か?」
「浮気?なんで?」
「勘右衛門には飽き――い゛ッ、」
「兵助、説明しといて」
「あ?」

突然の振りと俺の隣で蹲る三郎に思考が追いつかない。
不自然なほどの笑顔を浮かべる勘右衛門は名前の腕を引き、「落ち着けよ」と元の位置に座らせた。

名前を座らせた後は夕飯の乗った膳を指差して、残してる云々言い始めた勘右衛門。
小言のようなそれを聞きながら三郎の様子を伺うと、三郎は脛をさすりながら悪態をついていた。

「くっそ~~……なんなんだ勘右衛門は……」
「蹴られたのか」
「思い切りな。で、兵助が何を説明してくれるんだ」

頷いた三郎が俺を見返してくるけれど、説明と言われても何を指しているのか確信が持てない。
先ほどの会話を振り返り、とりあえず二人(勘右衛門と名前)の関係をどう思うか聞いてみた。

「どうって、恋人だろう?」
「やっぱりそう思うよな……でも違うんだってさ」
「兵助、その冗談はさして面白くないな。40点」
「俺が冗談交じりで話す必要ないだろ。しかもお前に」
「いつも腹を割って話しているんだと取るべきか、嘘を見抜く能力を認められていると取るべきか迷うな」

合間に食事をしながら軽口を叩く三郎は、一応驚いているらしい。
ちらりと二人を見てしばし無言になり、俺を見る。

――これで恋仲じゃないのか?

視線で言われたように感じて二人を見れば、勘右衛門が名前の口を押さえて耳元で何かを囁いていた。

「ん~~~~!!」
「ほらお茶」
「…………ぷはっ!」
「えらいえらい、ちゃんと食べられたじゃん」
「これは、無理やり、食べさせられたって言うんだよ……」
「残して怒られるほうがよかった?」

名前の頭を撫でて宥めるように言う勘右衛門に、無言で名前が首を振る。
それを見て勘右衛門が「ならおれに感謝しないと」と言いながら笑うと、名前は不機嫌そうにしながらも小さく礼を言っていた。

「…………いや、うーん…まあ、本人が違うって言うんだから違うんじゃないか?」
「ふーん…でも周りはそう見ないだろうな。現に私だってそうだったし、雷蔵も八も…兵助もだろ?」
「うん。でも勘右衛門は片想いしてるって言ってたぞ」

言い忘れていた情報を付け足すと、三郎は少しの間無言になってニヤリと口元を歪めた。
クツクツ笑い出した三郎が不気味で思わず身を引くと「そりゃ気が気じゃないよな」と呟きながら、さっきの――は組の五年生をチラ見し、楽しそうに食事を再開させる。

「――なあ、名前は嫌いなもの食べられたのか?」
「うん。すっごく頑張ったよ」
「それは偉いな。じゃあ私からご褒美だ」
「三郎くんが?なにくれるの?」
「五年は組生徒の情報」

きょとんとした表情から次第に目を輝かせ始める名前を見て三郎が笑みを深める。
なんでこいつはこんなに楽しそうなんだろうと考えながら、何故か面倒なことに巻き込まれそうな予感がした。

「ちょ、三郎――むぐ!?」
「勘右衛門、しーっ」
「~~~~ッ!!」

割り込もうとした勘右衛門を遮ったのは、意外にも名前だった。
素早く立ち上がって勘右衛門の後ろに回り、両手で勘右衛門の口を覆っている。
そのまま名前が控えめな声量で囁いたと思ったら勘右衛門が赤くなり、名前の手首を掴んだ。

赤面する勘右衛門なんて珍しい。
三郎もきっと同じだろうと思って横を見ると、笑いを堪えようとして肩を震わせていた。

「ま、負けないんだから…!」
「ふぁ、ふぁかっらから!!」

名前の手を剥がそうとしている勘右衛門に抵抗しているのか、上から勘右衛門の頭を抱え込む名前を見てとうとう三郎が大笑いしだした。

「お前は何をそんなに……」
「あ、慌てふためく勘右衛門なんて、滅多に見られないし、くくっ、無邪気って怖いよなー、勘右衛門?」
「三郎…………」

解放してもらえたらしい勘右衛門は、まだ赤みが残る顔を不機嫌に歪めて三郎を睨む。
対して勘右衛門の肩に手を乗せた姿勢でその場に留まる名前は不思議そうに首を傾げた。

「三郎くんはどうしたの?」
「頭のネジが何本か抜けちゃったんだろ。それより名前、ちょっと離れて」
「えー、久々に勘右衛門のが小さくなったのに」
「なんの話だよ」
「昔は私の方が背高かったでしょ?」
「そんなに変わんなかったじゃん…胸当たってるから離れてって言ってんの」

一瞬目を彷徨わせた勘右衛門が告げた内容に茶を吹きだす。
勘右衛門の焦りと今の躊躇いの原因がわかった気がして口を拭うと、三郎がいささか残念な様子で「言っちゃうのか」と呟いた。

「か…、勘ちゃんのえっち!!」
「お互いに成長した証拠だよ。それと呼び方」
「勘右衛門のえっち!」
「そこは言い直さなくていい…っていうか男はそういうもんだから」

しれっと開き直る勘右衛門の言を受け、名前が俺と三郎を交互に見る。
そうなの?と問いかけてくるのを聞いて早速面倒ごとに巻き込まれたなと思いながら、勘を信じてさっさと抜け出せばよかったと若干後悔していた。

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