カラクリピエロ

箱の中身は?


※久々知視点





「今日はね、男の子にチョコレートをあげる日なんだって」

くの一教室で聞いた、と嬉しそう言って、名前は笑顔で小さい箱を文机に並べだした。

「……それは、好いた相手にってやつじゃなかったか?」

三郎が呟くように言うの聞いて思わず名前を見る。
彼女は丁度箱を並べ終わったところで、こちらへ向き直りながら「良く知ってるね」と感心したように言った。

「だからね、私からの気持ちです」

どうぞと箱を示す名前は照れ混じりで、ほんのり顔を赤く染めながら笑う。
嬉しいはずなのに、なんというか……ものすごく複雑だ。素直に喜べない。

「兵助、これ知ってた…わけ、じゃ、ない…のかな?」

心なしか小声の雷蔵は俺を見て、まるで慰めるように肩に手を置いた。
勘右衛門は箱を一つずつ持ち上げて軽く振ることで中身を確かめているらしい。
せっかく綺麗に包装されてるのにいいんだろうか。

「ちなみに三つははずれだよ」

勘右衛門の行動を特に咎めるでもなく、むしろ楽しそうに笑っていた名前はこともなげにそう言った。
思わず固まる俺たちをよそに、彼女は指を一本立てる。

「まず普通の…あ、何も入ってないって意味ね」
「おかしいと思ったらやはり罠か!!」
「罠って…せっかくのイベントだから、ちょこっと悪戯心を混ぜてみただけだよ」
「こ、こいつ堂々と…!んなもん誰が食うか!!」

中身が普通じゃないと聞いて警戒心をあらわにする三郎と、思い切り拒絶する八左ヱ門。
俺はなにも考えられなくて、ただ呆然とその場の会話を聞いていた。
好いた相手へと送るものが自分だけじゃなかったことと、みんなと同じという事実が思った以上に効いているらしい。

「せっかく一口サイズにしてきたんだけど……運試しにどう?忍者は運も実力のうちだって学園長先生だって言ってたし」
「お前から私たちへの気持ちは悪戯混じりというわけか…」
「たまにはよくない?」
「よくねーよ!!」
「女の子の手作りなんだからちょっと不味くても“美味しい”って言うくらい男気見せてもいいと思うんだけど…」

不満げに呟く名前に勘右衛門が乾いた笑いを溢す。
毒じゃなければ挑戦してもいいかな、と言い出す辺り勘右衛門は強いと思う。

「因みに、中身、なにかな…」

こわごわと雷蔵が伺うと、場が水を打ったように静まった。

「さっきも言ったけど、何も入ってないやつでしょ。それと生物委員会管理の菜園からもらったミント」
「おい!聞いてねーぞ!?」
「ちゃんと木下先生から許可もらったよ。香りが良くてスッキリするってお勧めしてもらった」

指を折りながら嬉しそうに告げる名前を見て、あえて八左ヱ門じゃなく顧問の木下先生を訪ねたんじゃないかと思った。

「中在家先輩からアサガオの種ももらったから…」
「下剤じゃねーかふざけんな!!」
「竹谷うるさい、最後まで聞いてよ。入れようと思ったけどやめたの。久々知くんに当たったら困るし」
「…………兵助のおかげで助かったね」

勘右衛門があははと笑いながら言うけど、これ助かったのか…?
というか、俺としては余計複雑な気持ちになったんだけど。

「だから残りは食堂のおばちゃんからもらったカラシと、わさびと、唐渡りの香辛料…で全部かな」

辛いものでまとめてみました、と口にする名前は、目の前には美味しい菓子しか並んでませんとでも言いたげだ。

大きさも、飾り紐も全く同じ箱は名前にも見分けがつかないんじゃないかと思う。
内心複雑ながらも、並んでいるのは名前の気持ちらしいので…とりあえず適当に箱を一つ手に取った。

「…食べてくれるの?」
「当たり前だろ」

なんで意外そうにするんだと逆に聞き返したかったけれど、三郎と八の反応からすれば当然なのかもしれない。

「ありがとう」

そういいながら、本当に嬉しそうに笑うから。
中身がなんであれいいかなという気になってしまった。

――全員同じじゃなければもっとよかったのに。

「…僕は残ったのをもらおうかな」
「じゃ、おれはこれ」
「ちょっと待て勘右衛門!そっちの方が安全ぽくないか!?」
「そうかな…なら交換する?」
「重さとか匂いとか…なにかないのか見分ける術は…おい、兵助のもちょっと貸せ」
「どれだっていいだろ」

散々文句を言っていたくせに(主に二人だけど)結局食べるんだなとなんだかおかしくなる。

思わず笑う俺の傍で、目を僅かに見開いた名前が瞬きをする。
ゆっくりと笑顔に変わる表情と色づく頬を見ていると落ち着かなくてじっとしていられない。
そのまま名前の隣に移動すると、気が高ぶっているらしい彼女が俺の袖を掴んだ。

「あのね、」
「ん?」
「……ううん、やっぱりいいや、あとでにする」

言いかけの言葉は気になったが、なにやら「一斉に食べよう」と盛り上がってる友人たちの勢いに呑まれた。

箱から覗くチョコレートは作成者の言葉通り、一口で口に含める大きさで、見た目は普通の、美味しそうな洋菓子にしか見えない。
これがくのたまの技術なんだろうかと妙な感心をしながら、ひょいと口に放り込んだ。

――痛い。
――舌、が、痛い…!

「……久々知くん?」

覗き込んでくる名前には悪いけど、今、答えてやる余裕はない!
口を押さえて舌の痛みに耐える俺に、竹筒を差し出してくれてるけど、中身が水なら状況は悪化すると思う!

(…………どことなく、嬉しそうに見えるのは何でだ!?)

聞きたいけど声になってくれない。
舌が痺れてうまく動かないし、涙が勝手に出てくる。
見られたくないのと周りが気になって名前から視線を逸らすと、みんなも大変そうだった。勘右衛門以外。

「っ、ぐ、げほ…げほっ、辛っ!いれ、…ぎ、だ馬鹿!」
「あれ、おれ当たりっぽい?」
名前ーーーー!おま、これ草そのままじゃねーか!!」
「けほっ……鼻、ひたい……」

名前の話では当たりは二つだと思ったけど。
反応を見るに…俺と三郎、雷蔵が辛味で勘右衛門は普通か?
名前も俺と同じ見解に至ったのか、草じゃなくてミントだよ、と呟いた。聞こえないと思うぞ、その大きさじゃ。

+++

「改めて、こっちが本物」

そう言って再び出てきた包みに、ぎくりと身を強張らせる。
一口大だというのは同じだったが、今度のは一つの包みに複数のチョコレートが乗っていた。名前は山となったそれの一つをとって自分の口に放り込んで「何も入ってないよ」と付け足した。

「…えらい目にあった…」
「一応当たりだったはずなのに釈然としねぇ…」
「久々にやられたって感じだね…」
「なんかみんなのがイベント楽しんだって感じでいいなぁ」
「…楽しみ方絶対違うと思うよ?」
「なら勘右衛門用に私が作ってやろうか」
「三郎の手作りとか嬉しくない」

名前自らが安全を示したおかげか、口直しとばかりに集まって菓子をつまんでいると、軽く装束が引かれた。

「…名前?」

呼ばれて部屋の隅に移動した俺は、正座する名前の真正面に座る。
どうしたと聞く代わりに首をかしげると、彼女の懐から綺麗に包装された箱が出てきた。

「あの、ね」

それを膝に乗せ、両手で支える名前が妙に緊張した面持ちで俺を見上げる。

「これ…その、受け取ってくれると…嬉しい、です」

真っ赤な顔で、ぎゅっと目を閉じた名前が差し出す箱は僅かに震えていた。

「――それって、」
「と、特別…だから…久々知くん、だけ…」

消え入るような大きさで付け足された言葉に、思わず名前を抱き締める。
驚く声と震える身体を腕の中から感じた。抱きしめた勢いか、ふわりと香る甘い匂いに誘われて肩口に顔を埋めると、何かが飛んできて頭に当たった。痛い。

「兵助、盛るなら私たちがいなくなった後にしろ!」
名前名前だよな、あとで渡せばいいのによ…」
「ある意味当たり引かせちゃったんだし、早く渡したかったんじゃない?特別仕様」
「きっと美味しいんだろうね」
「雷蔵、賭けてもいいぞ。あれは美味しいを通り越して絶対甘ったるい」
「胸焼けするかもな」

うるさい外野を放置して、相変わらず真っ赤なまま膝のあたりを握る名前の手に触れる。
びくっと震えながら上がった顔に微笑んで、かみ締めるように礼を言った。

「…大事に食べるよ」






「ところで、さっき嬉しそうだったのはなんでだ?」
「さっき…?」
「最初の食べた時」
「え。あー…えーと……久々知くんの、涙目……かわいかった、から」
「…………聞き間違いか?」
「ん、」
「――涙目、な」
「やっぱり聞こえてるし…」
「いや、俺も見たいなって」
「……久々知くんの?」
「もちろん名前の」
(真顔で…!)

Powered by てがろぐ Ver 4.4.0.