カラクリピエロ

豆まきをしよう!の段


学園長先生の思い付きで、委員会で豆まきをすることになりました。
鬼役は委員長(または委員長代理)がやってくださるそうです。

「では始めるか」

立花先輩の立ち姿はスッと真っ直ぐで、さらりと流れる黒髪と合わせると(正直に言えば悔しいけれど)いつ見ても綺麗だと思う。
――今日は般若の面が全てを台無しにしてるけど。

「…先輩、なんで般若なんですか…」
「不都合でもあるのか?」
「ありませんが…豆まきの鬼といったら赤鬼とか青鬼とか、」
「いいじゃないか。嫉妬に狂った鬼女でも」

ひょいとお面を上げながら、ものすごくいい笑顔で言い放つ立花先輩にはもう何を言っても無駄だ。
私は枡に分け終えた豆を配りながら、そうですねと相槌を打った。若干棒読みになってしまったけど、先輩とのこういったやりとりはいつものことだから誰も気にしない。
早速豆をぶつけ合ってる兵太夫と伝七を藤内と分担して引離し、ポリポリ食べ始めてる喜八郎から豆を取り上げる。

「あ、何するんですか名前先輩」
「食べるのは撒き終わってから。一年生が真似するでしょ」
苗字先輩、兵太夫はともかく僕は違います」
「はあ?なに自分だけみたいな言い方してるんだよ。伝七よりも僕の方がずっと大人だからな」
「はいはいはいはい、ごめんね。私が悪かったです。藤内そっち押さえてくれる?」
「はい。ほら、お前らどうせなら豆まきに労力使えよ」
「そうだよ、立花先輩に遠慮なく豆ぶつけるチャンスなんだから!」

ぴたりと動きを止めた伝七・兵太夫に加えて藤内ににっこり笑ってみせる。
返ってくる乾いた笑いに混じって「おもしろそう」と呟く喜八郎の声がした。見るのがなのかぶつけるのがなのかはわからないけど、積極的なのはいいことだと思う。

「…名前、今の聞き間違いではないな?」
「もちろんです。立花先輩は鬼に憑かれてるんですよ!いつもいつもいつもいーっつも虐げられている恨みを今こそ晴らします!」

豆の入った枡を片手にびしっと指をつきつける。
ふっと笑う気配はしたものの、般若面(ちょっと恐い)のおかげで実際はわからない。

先輩、目的は邪気払いですよ、と藤内が私の装束をちょいちょい引きながら遠慮がちに言うから「そうだね」と笑いながら返した。

「つまり立花先輩は邪気まみれだということです!」
「――なにが“つまり”だ阿呆め」
「問答無用です、鬼は外ー!」
「わーーー!苗字せんぱーい!!」

卑怯上等とばかりに不意打ち投球(投豆?)したのに、私の投げた豆は立花先輩に当たることなくパラパラ音を立てて床に落ちた。

「…あれ?」

鬼がいない。
私を止めようとしたのか、腕にしがみついていた藤内と顔を見合わせる。
伝七、兵太夫も驚きの表情で止まっている――のはいいとして、その手元の紐がとても気になった。

名前先輩」
「ん?」

喜八郎に呼ばれて振り返ると、彼は指を上に向けている。
つられて視線を上げ、“それ”を視界に入れきる前に藤内をつきとばしていた。

「…始めから名前だけのつもりだったが…やるじゃないか」
「首首!締まってます先輩!っていうか恐い!般若が!」

背後に降り立った立花先輩は騒ぐ私をいかにも楽しそうに押さえながら、何故か面を外した。

「気が変わった」
「は?」
「先ほどのお前の方がよほど似合う」

嫌な予感しか感じられない笑顔全開で。立花先輩は面を私に被せると「さあ、豆まきをしようじゃないか」と明るく言った。

「ちょ…、ふざけないでください!」
「おお、いかにもそれっぽいぞ名前!ほらお前たち、名前の邪気を払ってやれ」
「おにはそとー」
「喜八郎ーーーー!!」

ぺい、といかにも適当に投げられたのが幸いだけど、なぜ鬼が私に代わった途端参加する気になったのかを問い詰めたい。
一年生二人も鬼っぽい鬼っぽいって…こういうときだけ意気投合するんだから…
仲良さげで可愛い光景なのに、なんでだろう。ものすごく泣きたい気分です。

苗字せんぱ…」
「藤内!」
「うわあ!?」

私の味方は健在だったと泣きつこうと思ったらサッと避けられてしまった。

「す、すみません先輩、お面が…」
「うん…そうだよね、わかってるよ…だいじょうぶ…」

沈み込む私の肩に手を置いて、立花先輩はにっこり笑う。
慰めのつもりかもしれないけど、私にはとてもそうは見えなかった。
元はといえばこの人のせいだ。私が先輩に豆をぶつけるはずだったのに。

被りっぱなしだったお面を持ち上げて、頭上で斜めにかける。
余裕の笑みが返ってくるだけなのはわかっていても、睨まずにはいられなかった。

「別に鬼役が投げても構わんぞ、ほら」
「……いいんですか?」
「実際はどうか知らんがな」

渡されるそれを思わず受け取る。
無防備に立ったままの立花先輩を呆然と見上げてしまった。

「まあお前に当てられるとも思えないが」
「先輩は一言余計なんです!」

売り言葉に買い言葉の勢いで言い返しながら立ち上がる。

「今だ伝七引け!」
「よし!」

「きゃぁぁああああ!!?」

ドザーッと音を立てて、上から豆が。
ちゃっかり避難していた立花先輩は「いつの間に」と感心したように呟いているけれど、ついでに私を助けてくれてもいいじゃないですか。
喜八郎も暢気に「おやまぁ」なんて言ってないで、少しは豆を拾い始めている藤内を見習うべき。

足元は一面豆だらけ。装束の中にもかなり入っているようでムズムズする。

「…伝七、兵太夫…」

大成功、と手を打ち合う二人を手招く。
素直に寄ってきたのは褒めるべきところだけど、

「――二人とも、ちょっとそこに正座しようか」
「せ、先輩…」
「怒ってます…?」
「正座」
「「はい!」」

訥々と説教している光景をみて、立花先輩らの間で般若面が似合う似合わないの話がされていたようだけど、どっちにしろ私に失礼だと思います。

――ともかく、本来の豆まきが全くできていないのはどうかということになり(元はといえば立花先輩がとツッコミたかったけど、ややこしくなりそうだったから我慢した)、申し訳程度に仕切り直し、みんなで豆を食べた。

作法室の掃除は明日に回すということで、本日は解散だ。

+++

「――お邪魔します」
「うわっ、…………名前、だよね?」
「…不破くん、なんでそんなに不安そうなの」
「お前が鬼の面なんかつけて現れるからだ」

天井から降り立ったのは久々知くんと勘右衛門の部屋のはずなのに、聞こえた声で間違えたかと思った。
三郎の言葉で面を預かったままだったことを思い出して、後ろの方に回していたそれを外す。
見せろとでも言うように手が出されたから、そのまま三郎に渡した。

名前が鬼だったのか?」
「……そう、なぜかね」

久々知くんの不思議そうな問いかけで散々だったことを思い出して顔が引きつる。
ぺたりと座りながら文机につっぷすと、盛大に溜息が漏れてしまった。

「疲れた?」
「……んー……うん」
「なら、ほら」
「ん?」

両腕を広げる久々知くんの意図が掴めなくて首を傾げると、背後から呆れ交じりの声が上がった。

「兵助、そういうのは俺らがいないときにやってくれ」
「ここは俺の部屋だ」
「…おれの部屋でもあるんだけど」
「うん、ごめん。八の部屋にでも行っててくれ」
「ひどい!兵助が酷い!」
「さりげなく俺に対しても酷くねぇか!?」

わいわい騒ぐ彼らはとても楽しそうで、自然と顔が緩む。
聞いてるだけで癒されるなぁと思いながら文机でゴロゴロしていたら、三郎が「兵助、こいつわかってないぞ」と私を指差しながら言った。
いつの間にか般若面を被っている。恐い。

「…名前は鈍いな」
「さすがに…兵助にだけは言われたくないと思うよ?」

不破くんの苦笑交じりのツッコミに不満そうな顔をする久々知くんを眺めていたら、すぐ近くまで般若の顔が迫っていて思い切り震えてしまった。

「な、な、な……」
「なあ名前、これ私にくれないか」
「あげる、あげるから近づかないでくれる!?」

驚きでドックンドックン鳴る心臓を押さえながら後ずさると腰が何かにぶつかって、変にバランスを崩してしまった。

「三郎、名前を脅かすなよ」
「いいじゃないか、結果オーライだろ。むしろ感謝しろ」
「……素直に感謝する気がなくなった」

ぶつかったのは久々知くんの足らしい。
あぐらをかいていた久々知くんに支えてもらってるというか、もたれかかってるというか…とりあえず恥ずかしいのだけは確かだ。

「ご、ごめんね、すぐどくから!」
「なんで?疲れてるんだろ?」
「そうだけど、それとは関係なくない?」
「ついでに俺も補給したいし」
「!?」

お腹の方に回された腕と密着した背中で一気に体温が上がった。
うろたえつつ、とりあえず腕を外そうとしたけど、全然外せそうにない。

「だからそういうの二人んときだけにしろっての!!」
「…おれは結構耐性ついたよ…」
「勘右衛門!?なんか魂飛びそうだよ!?」

聞こえてくる声で余計混乱してくる。
心なしか目も回ってきたし、そうだ、思い出した!

「久々知くん、あの、私、上着を脱ぎたいんだけど」
「――…………は?」
「豆まきのとき中に入っちゃって、気持ち悪いから出したいん、ぐ!?」

なんで口を塞がれたのか。
これじゃ肝心の“ちょっと離して”が言えない。

…というか、そろそろ苦し、です…

ジタバタする私の異変に気づいてもらえなかったら窒息するところだったかもしれない。
なんでか久々知くんと向かい合わせで座らされて説教されてるんだけど。
結局は解放してもらえたから、よかったといえばよかった…の、かな。





名前はもっと言葉を選ぶべきだ」
「はい…それ、最近よく言われます…主に久々知くんに…」
「……わかってないから何度も言うんだよ」
「わかった、気をつける。……それで、その、脱いでいい?」
「わかってない!」
「あ、そうか。ごめん、ちゃんと外でやるね」
「なんでそうなる、もっと駄目だろ!」
「だって部屋散らかっちゃうから…」
「まどろっこしいな……なら俺がとってやる」
「いやいやいやいや、それこそおかしいよ!?」




上着だけだから問題ないと思ってる名前さんと脱ぐこと自体が問題だと思ってる久々知。他の四人は逃げだしました。

Powered by てがろぐ Ver 4.4.0.