カラクリピエロ

電子文通ノ スゝメ

※別設定/片想い中






桜舞い散る新学期初日。近年の少子化に伴い、この大川学園も今年から男女部の合併が決定された。
新しく女子クラスができるのかと思いきや、男女混合との知らせを受けたときには賛否両論、外部への転校まで視野に入れる極端な子まで様々だったけれど、学園長先生の決定は絶対で覆ることは滅多にない。
結局、細々とした差分化は追々決めていくというなんともゆるーい感じで方針が決まったらしい。

――そんなわけで、私は今、新しいクラスの割り当て表の前に立っている。

男子は基本的にクラス替えがないそうだから、記載されているのは女子の名前だけだ。
こうして一覧にされるとやっぱり少ないなぁと思わずにいられないし、誰かが言っていたように女子クラスを一つ設けても良かったんじゃないかと思ったりもしたけど――

(神様、お願いします…!)

両手で肩掛けカバンの紐をぎゅっと掴んで、チラリと視線を上げる。
私の希望は1組なのに、見るのが怖くて3組の名簿から名前を追うなんて無駄な手間をかけていた。

名前!!」
「わあ!?」

バシッと友人に肩を叩かれて身体が跳ねる。緊張していっぱいいっぱいなんだから、強い衝撃を与えないでほしい。
どくどく激しく動く心臓を押さえて(情けないことにちょっと涙まで出てる気がする)相手を見れば、彼女は笑って「よかったじゃん!」と言いながら私の腕をぐいぐい引いて1組名簿の前に立たせた。

「私は隣だから、忘れものしたらよろしくね」
「…………」
「ちょっと、聞いてる?名前?大丈夫?」

名簿を見上げたまま動かない私の顔の前で、友人が手のひらを揺らす。
瞬きを数回してから自分の名前を目でなぞり、1組と書かれた見出しと何度も照らし合わせてから、隣の彼女を見た。

「ん?」
「わ…わたし、1組だって」

実感が湧かないまま言うと、友人は小さく吹き出してからポンポンと私の肩を優しく叩いた。

「あんたずーっと1組がいいって言ってたもんね」
「…だって久々知くんがいるから」
「はいはい聞き飽きました」

好きな人と同じクラスになれるなんて夢みたいで、足元がふわふわする。
クラスメイトということは毎日のように会って挨拶できるし、運が良ければ席が近くなったり、グループ学習なんかもできちゃったり、するかもしれない!

ぐっと拳を握ってこれからの希望を主張したら友人が呆れた顔で溜め息をついた。

「…名前…もっと欲を出しなさいよ欲を」
「な、名前、覚えてもらったりとか?」
「ちっちゃい!!そうじゃなくて席替えで小細工して隣の席確保とか、勉強できないふりして教えてもらうとか、てきとーな理由でっちあげて連絡先交換するとか、そういうの!!」

彼女の挙げたものも(小細工は置いといて)実現できたら嬉しいことばかりだけど、今はまだハードルが高すぎると思う。
だけど、それを正直に言ったら怒られそうな予感がする。うんうんと適度に頷いて、私よりもよっぽど意欲が高い彼女に頑張る旨を伝えた。

+++

私が所属する1組はというと、それはそれは過ごしやすいクラスだったから、毎日を過ごすうえでこれといった不満は全くなかった。
少数の女子生徒とは仲良くなれたし男子も優しい人ばかりだし、特に学級委員長になった尾浜くんの気の回し方にはいつも感心させられる。
肝心の久々知くんとの仲は…………はっきり言って、ほぼ変化なし。いや、少しだけ…ほんのちょっとくらいは近づいている。はず。
朝の挨拶はする。帰りもタイミングが合えば少しくらい言葉をかわすことができるし、用事があれば「苗字」と声をかけてくれるから、名前を覚えてもらってるという確信はある。

「う~~~~」

べったりと机に伏せて、今はもう旧型と言われがちな二つ折の携帯電話を意味もなく開閉させる。
つい先ほど友人から『さっさとアドレスの一つや二つ聞いてきなさい!』と、なぜか怒りマークつきメールを受け取ったばかりだけど、そのきっかけが掴めないんだと何度言えばわかってくれるのか。

「…………アドレス教えて、って言うだけなんだけどなぁ」

携帯電話に付けている豆腐型のマスコットを指先で押す――なぜ豆腐型を選んだのかなんて愚問です。
ふにふにとした感触を楽しみつつ、マスコットについたタグとストラップをいじる。こんなことをしていても無駄に時間が過ぎるだけだ。現に、もう私しか教室に残っていない。
なのに帰れないのは、本日の日直である久々知くん(と尾浜くん)のカバンが置きっぱなしになっているから。このチャンスを活かさない手はないと思うのだ。

(きっかけ…さりげなく――)

頭を抱え、唸りながら足をばたつかせて床を蹴っていたら、教室の扉がガラリと音を立てた。
思わずびくついて頭を起こせば、「あれ」と言いながら入ってきた久々知くんと目が合う。反射的に立ちあがったことでガタン、と後ろで音がした。

「そろそろ戸じまり確認するけど、苗字はまだ残るか?」
「え、あ、ごめんなさい!」

待ち望んでいた展開のはずなのに、焦るあまり謝罪が口をついて出る。
どうして私は立ちあがったのか、なぜ謝っているのか自分で自分に混乱していた。じわりと湧きあがる恥ずかしさに目が泳いでしまう。
久々知くんは挙動不審な私に小さく笑うと、手のひらを上下させて座るように促してくれた。動きにつられて腰が落ちる。またガタンと椅子が鳴った。

「別に急がなくてもいいよ。俺もまだやること残ってるから」
「あの…尾浜くんは?」
「ああ、勘右衛門に用事?」

どっくどっく騒ぎ始めた心音を宥めつつ、震えそうになる手を握りしめる。緊張しすぎて冷たい。
久々知くんが一人だなんて、いよいよチャンスの神様が背中を押してくれてるのかもしれない。

「あの、あのね、久々知くん、」

もたつく舌がもどかしい。
ぐっと意気込んで顔を上げたら、久々知くんは立てた指をそっと口元に添えて目くばせしてくるものだから、また心臓が大きく脈打った。

(……なに、いまの。ずるい)
「あ。勘右衛門、お前ちょっと戻ってこられないか?いや、俺じゃない。うん。苗字が待ってるんだけど」
「…………え!?」

余韻に浸りつつ火照った頬を擦っていると、全く身に覚えのない話が耳に入ってきて久々知くんを凝視する。
目が合うと頷きを返されたものの……いま、私と彼の間で意志の疎通はできてないと思う。

「え。あー、それもそうだな。ちょっと待って……苗字、勘右衛門」
「へ!?」

いきなり目の前に差し出された携帯電話は明らかに久々知くんの物だ。
わけがわらかず、携帯と久々知くんを交互に見たら「ん」と更に私の方へ携帯を押しだしてきて出るように言った。
なんだか好きな人の私物というだけで妙にドキドキする。

「…もしもし、苗字です」
『どうも、尾浜です。ごめんなー、いきなり。驚いたろ?』
「うん。けど…どうして私に?」
『兵助が、苗字さんがおれに用事があって居残ってるって言うからさ。一応確認しとこうかなって』

久々知くんがわざわざ尾浜くんに電話した理由。今こうして携帯を貸してくれてる理由。
なんとなくわかっていたのに…はっきり言葉にされたことで現実味をおびて、ぎゅうっと胸が締めつけられるみたいだった。

「…ごめんね尾浜くん」

実は、用事ないんです。
心の中で付け足して私に携帯を預けたまま窓際に寄っていく久々知くんの背中を目で追う。
ふとスピーカーを通じて聞こえてきた笑い声に意識を戻すと、尾浜くんは「だと思った」と零した。

『――“一応”って言ったろ?用あるのは兵助の方でしょ』
「な!なん、」
「ん?」

確信しきった言い方に驚いて声をあげたら、施錠確認中だった久々知くんが不思議そうに振り返る。
咄嗟に手と首を振って“なんでもない”アピールをしながら心持ち声をひそめた。久々知くんは首をかしげながらも次の窓へ移動してくれたようだ。

「…なんで、わかるの?」
『うーん…しいて言うなら、おれが学級委員長だからかな』

明るく言い切られ、わけがわからないのに納得してしまいそうになる。
口でも「なるほど…」と間の抜けた相槌を打っていて、尾浜くんが楽しそうに笑うのが聞こえた。私から見る彼はいつも笑顔で、電話を通じていても明るい人だなぁと思う。

『それでさ、苗字さんどれくらい時間ほしい?それに合わせて戻るよ』
「? どういうこと?」
『だって告白の邪魔したら悪いじゃん』

あっけらかんと、これまた確定事項とばかりに言われた内容を理解した途端、呼吸を止めた。

「ちがっ、違う!」
苗字?」
『え?違うの?』

施錠確認が終わったらしく、私の方へ戻ってくる久々知くんの声に反応して思わず視線をやると、彼は僅かに目を丸くして数回瞬いた。
言葉が出てこないこの空気がつらい。

「…苗字、代わって」
「だめ、ちょっと待って」
「大丈夫だから」
「いやいやいや、私が大丈夫じゃないです」

久々知くんの携帯だというのに咄嗟に胸に抱いたそれをぎゅっと握りしめる。
目を閉じて一度深呼吸してから、再度電話口へ向き合った。

「尾浜くん、今日のはそういうんじゃないから。気にせず戻ってきてください」

言うだけ言って、制服の袖で液晶部分をぬぐう。
スピーカーからは音が漏れていたような気がしたけれど、それを聞く余裕もなくお礼とともに久々知くんへと携帯電話を返却した。

「勘右衛門、声がでかい。悪かったな俺で……あ?えーと…机に突っ伏してるぞ。なに言ったんだお前」

久々知くんの視線が後頭部に突き刺さっているのがわかっても顔を上げられない。
空気が揺れてギッと椅子の軋む音がする。私の前の席に座ったらしい久々知くんにドキッとしつつ、告白すると思われていた現状を振りかえって声を殺して悶絶した。
尾浜くんはどこまで気づいてるんだろう。もう学級委員長じゃなくてエスパーでも目指せばいいのに。

(それとも……私、そんなにわかりやすい?)

久々知くんにもバレてたらどうしよう。
放置されていた自分の携帯――豆腐のマスコットに触れ、握りしめる。

(今日の目的は久々知くんのアドレスを聞くことでしょう)

逃げ出したい気持ちを押さえこみ、気合いを入れるつもりで手のひらと瞼に力を込める。できれば勇気もほしい…豆腐パワーでなんとかならないだろうか。
そんな馬鹿なことを考えながらマスコットの感触を確かめていたら、ふいにポンと頭に触れられて肩が跳ねた。

「あ、ごめん。――いや、お前にじゃない」

顔を上げれば予想以上に近い位置に久々知くんが居て、上体ごと起き上がる。
久々知くんは半端に持ち上げていた左手を軽く握って開くと、その手のひらを見つめて困ったように笑った。

――――この人は私を殺す気だ。

火照る範囲が頬だけにおさまってくれない。
なんとなく耳に触れると案の定熱を持っていて、早く冷めるように願いながら赤くなっているであろう顔を俯けた。

「ごめん」
「…え?」

パチン、と携帯が畳まれる音とともに苦笑した久々知くんに謝られる。
原因がわからず首をかしげたら、彼は首の後ろに手をやって小さく唸った。

「驚かせるつもりはなくてさ。その、後輩にやってる癖が出たっていうか……苗字にやったら駄目だったな」
「……そんなことないよ。確かにびっくりしたけど」
「だろ?」
「で、でも嬉しかったから!」

意気込んで力説した後で、サッと血の気が引いた。私はなにを口走ってるんだろうか。
案の定久々知くんは驚いたような顔で目をパチパチさせている。

(絶対引かれた…)

これ以上余計なことを言わないよう、ぎゅっと唇を引き結んで視線を下げると、ふっと微かに笑う声がした。
当然、笑ったのは私じゃない。
久々知くんを伺い見れば、いつの間にか机の上に乗っていた日誌をパラパラめくっている。口元には笑みが浮かんでいて、さっき笑ったのは久々知くんだと証明しているようだった。
“いま笑ったでしょう”って聞きたいのに上手く声がでない。マスコットをぎゅうっと握り、浅く呼吸を繰り返した。

「――勘右衛門とはちゃんと話せた?」
「ん…うん」

久々知くんから話題を振ってくれたことに驚きながら、かろうじて頷く。上擦って掠れた声がかっこ悪いことこのうえない。
誤魔化すように空咳をしていたら、久々知くんは日誌を書いていた手を止めて制服の胸ポケットと腰のあたり(ポケット?)を叩きだした。

「なにか探しもの?」
「んー。ああ、あった。はい」
「え」
「やるよ。たぶん、のど飴じゃないけどな」

そう言いながら笑う久々知くんが、取りだしたもので私の手の甲をつつく。
慌てて両手を皿にしたら、ぽとりと透明なフィルムに包まれた飴玉が落ちてきた。赤くて丸いそれを何度も瞬いて確かめる。ぎゅっと握りしめても消えることはなく、フィルムがクシュと小さな音を立てた。

「……ありがとう」

うれしい。ものすごく。
ドクドクうるさい心音が耳元まで響いて息が苦しい。嬉しいのに泣きたいような、複雑な気分だった。

「どういたしまして。でもそんなに握りしめたら溶けるんじゃないか?」

すでに幸せを噛みしめていたのに、久々知くんの笑顔まで付いてくるなんて。
今日の私は幸運どころじゃない。明日が心配になるレベルだ。
ぎゅうぎゅう締めつけられる胸を飴ごと押さえ、ゆっくり息を吐いた。

――今聞かなかったら、絶対後悔する。

断られることを想像すると怖いけど、それが当たり前なんだから。

「久々知くん…」
「ん?」
「ぁ、アドレス、教えてください!」

ぱち、ぱち。目を丸くした久々知くんが瞬く音が聞こえてくるようだった。
実際にはそんなことないのに、静まり返ったこの空間の中では有り得そうな気がする。
現に私の心臓の音は耳鳴りみたいに聞こえてるんだから。

「……だ、だめ?」
「あ、いや……びっくりした」

…それって結局どっちなんだろう。聞くのが怖い。
目が潤みそうになるのを自覚して唇を噛んでこらえていると、パチン、と耳慣れた音がした。
視線を上げれば左手で口元を覆って、右手で携帯をいじっている久々知くんが見える。
彼が持っていたはずのシャーペンは日誌の上をコロコロ転がっていた。

「赤外線でいいよな」
「は、はい!」

信じられない気持ちで自分の携帯を開く。指先が震えてなかなか目的の機能にたどり着けず、ついには手から滑り落ちて机に落ちた。

「ごめん、力、入らなくて」
「…なんでそこまで」
「ずっと緊張してて……よかった…うれしい…」

手で持つのは諦めて、机に置いたままボタンを押す。
スマートフォンなら置きっぱなし操作も楽なのかなあと思いながら、ようやく目的の通信画面を目にすることができた。

「……メール、送ってもいい?」
「構わないけど、面白い返事はできないと思うぞ」
「そんなの、全然気にしないよ」

何か言われたことがあるのか、久々知くんは妙に渋い顔で返信のクオリティを気にしている。
だけど、私にとっては久々知くんが読んでくれて……できれば返信を貰えたら、それだけで嬉しい。

送られてきたアドレスを“久々知くん”で登録する。
グループも、と思ったけどそれは後回しにして、私のせいでだいぶ脱線してしまっている日直の仕事を手伝うべく口を開いた。






「ずっと気になってたんだけど…苗字のそれ、豆腐だよな」
「可愛いでしょう。触り心地もいいんだよ」
「………………。ふにゃふにゃしてる」
(……どうしよう。久々知くん可愛い)
「撮ってもいい?」
「え、これ!?撮るの?」
「どっかで見たことある気がするんだけど、違うやつだったかもしれないから確かめたい」
「…………撮る代わりに、どこで見たかわかったら教えてほしいです」
「わかった、任せて」





後日、久々知に乞われて一緒にファンシーショップ行くといいと思う。

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