カラクリピエロ

二人乗り

※道路交通法を無視してます。





放課後つきあってほしいと言われたのが授業合間の休み時間だったから、てっきり近くの商店街辺りで買い物でもするのかと思っていたのに。
校門に現れた久々知くんは見慣れない自転車を押していた。

「お待たせ」
「…珍しい」
「雷蔵に借りたんだ」

思わず感想を漏らした私に笑った彼は、私の荷物をさりげなくさらって前かごに入れると、そのままサドルに跨った。
ポンと荷台に手を置いて乗るように促されたものの、すぐには反応できず久々知くんを凝視する。

名前が運転するか?」
「え」
「俺はどっちでもいいよ」

笑顔の久々知くんは妙に楽しそうだけど、二人乗りなんてしたことない。
じりじり荷台の方に寄ったら可愛いキャラクターのクッションがくくりつけてあるのがわかって、座りやすそうだと思った。

跨るべきなのか迷いながらも結局できず、横座りの姿勢でお尻を乗せる。
落ち着かずにスカートの裾を整えていると、微かに揺れたのがわかって思わず久々知くんのジャケットを握った。

「た、倒れたりしないよね?大丈夫?」
「…ん。けど、もっとちゃんと座ってないと落ちるぞ。手もこっちに回して」

言われるまま座りなおし、身体を捻って両手で久々知くんの腰のあたりを掴む。
なんだか照れると思っていたら久々知くんに両手とも取られ、彼のお腹のあたりで重ねられた。
背中から抱きつく形にドキドキして一気に顔が熱くなる。男の子だ、なんて当たり前のことを実感しながら、顔を見られないのが幸いとばかりにぎゅっと力を入れた。

名前
「?」
「………………いや、なんでもない。行きたいところあるか?」

その問いかけに顔を離して見上げるけど、当然表情はわからない。
久々知くんが誘ってくれたのに、私が決めていいんだろうか。

「俺の目的はほとんど達成したからいいよ」
「まだ出発してないのに!?」
「うん。とりあえず学園の外周でも回るか」

久々知くんがペダルに足をかけるのを視界の端に捉えながら、それだけでも結構距離がありそうだと思う。
同時に彼の“目的”を考えようとしたけれど、走り出した自転車がふらりと蛇行したことで心臓が大きく跳ねた。

すぐに安定したけど私の心臓の方は落ち着いてくれなくて、久々知くんの背中に顔を押し付ける。
流れる景色の中に中等部の制服が混じっているのをぼんやり見送りながら、ゆっくり息を吐きだした。

「――もしかして怖いか?」
「…ううん、大丈夫。久々知くん、二人乗り慣れてるんだね」
「ヤキモチ?」
「!? ち、ちがうよ!上手だなーって思っただけ!」

思わず顔をあげて反論してみても、笑っているのがわかるだけで表情までは見えない。
それが少しだけ残念でもう一度顔をくっつける。

「あいつらとよくやってたからかな」

穏やかに、震動と一緒に伝わってくる背中越しの声がいつもと違っていて新鮮だと思った。

「……そういえば、借りて来ちゃって不破くん困らない?」
「元々学園に置きっぱなしのやつだから…まぁ、今日も使わないって言ってたし、大丈夫だろ」
「置きっぱなし……通いの彼女を送り迎えしてる、とか」
「ないな」

即答する久々知くんの返事を聞きながら、いかにも二人乗り用にされていたお尻の下を思い出す。
おかげで座りやすいし揺れても痛くないけど、誰のためなのか余計気になる。

「それやったの三郎だから。最初は雷蔵もいちいち外してたけど、今じゃもう諦めてるな」
「…………三郎用だったんだ」
「ちなみに八のもそうなってる」
「久々知くんのは?」
「俺のは荷台がないから無事――名前、もうすぐ下り坂だからしっかり掴まってて」
「うん」

竹谷のも同じクッションなのかな…とか、荷台がないから不破くんから借りたのかなとか、他愛ない話から色々想像しながら久々知くんの背中にくっつく。
髪が煽られて、顔に当たる風が冷たいけど…触れてる部分はとても温かい。

(…二人乗りっていいなぁ)

状況を利用してぎゅう、と思いきり抱きつく。
安心感と嬉しさで勝手に緩む顔を見られずに済むのも、見られないおかげで少し大胆になれるのもいいところかもしれない。

少しずつ緩やかになるスピードに合わせて力を抜けば、優しく名前を呼ばれる。
キュ、とブレーキの音がして自転車が止まり、振り向く久々知くんと目が合った。
ほら、と指差す方を見れば真っ赤な夕陽。

「…綺麗だね」
「うん。かなり眩しいけどな」
「……“うん”だけでいいのに」

事実だけど一言多いと抗議するように制服を強く握れば、くすくす笑いながら私の手をやんわりと覆う。
温かい手のひらと仕草にキュンとして顔が熱い。恥ずかしさを誤魔化すように久々知くんの背中に顔を伏せると、両手を強く握られた。

「ちょ!?く、すぐったい!久々知くん!」

持ち上げられた手の甲に円を描くみたいにして、久々知くんの指が動く。
くすぐったさから逃げたくても手首を掴まれていて無理だった。
代わりに右手が自由になったから、それで久々知くんの腕を掴む――残念ながら効果はなく、久々知くんの気が済むまでなにもできなかった。

「なんて書いたかわかるか?」
「…………わかんない」

文字を書かれていたことにも気づかなかったのに、わかるわけない。
残念、と言いながら笑いをこぼす久々知くんはあまり残念そうじゃないけど、私は残念で仕方なかった。
前もって言ってくれればくすぐったさを我慢して集中したのに。

「…………答えは教えてくれないの?」
「教えない」
「~~~~ッ、」
「くすぐったいよ名前

仕返し代わりにぐいぐい額を押し付けていたけれど、そろそろ帰ろう、の言葉を合図に力を抜く。
楽しそうな久々知くんの背に寄りかかったまま、一文字だけでも思い出せればいいのにとしがみ付く腕に力を込めた。

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