カラクリピエロ

放課後の教室

※久々知視点





「兵助、名前待ってる間暇だろ?これ貸してやるよ」
「…いや、別に――」
「いいっていいって!んじゃ、お先ー」

必要ないと返したつもりなのに、遠慮と取ったらしい勘右衛門から一方的に漫画雑誌を押し付けられる。
そのままひらりと手を振って、あっという間に去っていくから返しそびれてしまった。

読み終わった物を持って帰るのが面倒だっただけじゃないのか。
一つ息を吐き出して雑誌を自分の鞄にしまう。
代わりに読みかけの文庫本を取りだしながら、チラリと時間を確認した。

(二時間くらいかも、って言ってたっけ…)

彼女の所属している委員会都合で呼び出されたと告げられたのは昼休み。
待つ、と返した俺に、名前は迷うような雰囲気を滲ませてから「じゃあ早く終わるように頑張る」と言って笑ってくれた。

いくらか読み進めたつもりでも、時計の針は大して進んでいない。
いまいち集中できなくて本を閉じる。予習という気分でもないし、飲み物でも買いに行こうかと財布を探して鞄を漁ったところで、先ほど勘右衛門に押し付けられた雑誌が目に入った。

「――あ、」
「!?? 名前、なん…、声、かけてくれればよかったのに」

一息ついて雑誌を閉じ、顔を上げた途端。待ち人の姿が目に入って、自分でも意外なほど驚いた。
それだけ没頭していたことや彼女に気づかなかったことが合わさって、声が上擦ってしまう。

「久々知くん集中してたから。待たせてごめんね」

いつからいたのか、聞いても名前は笑うだけで答えない。
気恥ずかしくて、彼女が妙に嬉しそうなのを指摘したら「え」と反射的な声を上げながら頬を染めた。

「顔に出てた?」
名前はいつもそうだろ」
「そ、そんなことないよ!」
「あるよ」

色づく頬に触れながら言えば、名前はすぐに目を泳がせる。
それから不満そうに眉根を寄せ「ないのに…」とこぼすから、思わず吹きだしてしまった。

「それで、どうして嬉しそうだったんだ?」
「…………その…教室、誰もいないから、久々知くん独り占めだなーって…そ、それだけ!」

段々と俯きながら、ぽそぽそ呟かれるそれに心臓が跳ねる。
二人きりの状況なんてもう珍しくもないのに、そう言われると意識してしまう。
放課後の教室は静かで、なんとなく背徳的な雰囲気があると思った。

「か、帰ろっか!」
「……その前に、キスしてもいいか?」
「え!?今?ここで!?」
「今。ここで」

わかりやすく動揺する名前が可愛くて笑いが漏れる。
答えながら名前の腕を捕まえて逃げられないようにすると、顔を真っ赤にしながら小さく首を振った。

「……明日、教室入れなくなっちゃうからだめ」

思い出しちゃうから、と目を逸らしながら言う名前の言葉は逆効果だと思う。

居た堪れなさにうろたえる名前が容易に想像できて――だけど、そんな彼女を他のやつには見せたくない。

名前を見つめたまま考えに耽る俺をよそに、彼女は鞄を示すと促すように俺の制服を引いた。

「ね、帰ろう?今日、久々知くん本貸してくれるって言ったよね」
「――…その前に、ひとつだけ。俺とするのは嫌じゃないんだよな?」
「……、…………す……好き、です」
「っ、」
「けど、恥ずかしいのも、ほんとで…――きゃあ!?」

ガタン、と机が音を立てて揺れる。
身を乗り出した拍子に机に身体をぶつけたような気もするが、そんなことに構っていられる余裕なんかなかった。

名前をきつく抱きしめると、びくりと震えた彼女から緊張が伝わってくる。
それに気づきながらも力を緩めないまま、肩口に顔を埋めた。
そうしていないと…名前の意見なんか無視して口づけてしまう。

「……久々知くん、帰ろ?」
「落ち着くまで待ってくれ」
「だ、だから……私も…………」

名前の顔が押し付けられている感覚に少しだけ力を抜く。
名前は俺の制服を思い切り握りしめ、首元まで赤く染まっていた。
言いかけの言葉に期待して、ドクドクと心音が速くなる。
黙って先を待っていると名前が顔を上げ、訴えるように目元を潤ませた表情を見せるから――

「――だ、めって、言った!!」
「だってして欲しそうに見……いてて、名前、爪が痛い」
「…だから、帰ろう…って、言ったのに」

ぎゅう、と俺の手を力いっぱい握っている名前だけど、彼女は自分の言ってる意味がわかってるんだろうか。

「したかったのは否定しないのか?」

なるべく気にしていない風を装って聞いてみれば、返ってくるのは真っ赤な顔と無言の肯定。
――俺は“続行”と“先延ばし”、どちらを選ぶべきだろう。

「私、あした、休む」
「……それは困る。やっぱり先延ばしか」
「?」
「そういえば名前の読みたい本ってなんだったっけ。自分で探して貰ってもいいか?」
「え、うん……あれ?久々知くんこの前読んでたよね?」

忘れた、と返しながら鞄を持ち上げ、名前の手を握り返した。

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