歩くような速さで(2)
※尾浜視点
そろそろ夕飯だからと名前と一緒に部屋を出たら、縁側の淵の方に腰掛ける兵助の背中が見えた。
「…兵助、なにしてんの」
兵助はおれの呼びかけに振り返りながら立ち上がったけど、目が合わない。
気まずそうに視線を廊下に落とし、観念したのか小さく息をついた。
「出たはいいものの、いつ戻っていいのかがわからなくて」
「話聞かないからじゃん…」
「普通びっくりするだろ、部屋に入って勘右衛門がくのたまと抱き合ってるの見たら」
「……名前だよ」
気づいてたんだと思ってたけど、兵助の口ぶりからすると名前だとは認識されていなかったらしい。
後ろにいた名前を見れば、彼女は小首を傾げておれの腕に張り付き、兵助を確認した。
「こんにちは、兵助くん」
「ああ、こんにちは…ほんとに名前だったのか」
「おれんとこ来るのなんてこいつくらいだって」
「……そうだよな。今日はどうしたんだ?」
我ながら酷い説明だなと思うものの、兵助は納得顔で頷く。
話を振ったのはおれだけど、あっさり納得されるのも微妙に悔しいのはなんでだろう。
「勘ちゃ…勘右衛門にね、報告に来てたの」
「何を?」
「好きな人ができたかもって!」
笑顔で言い放つ名前の答えを聞いた兵助が、今度はおれを見て“どういうことだ”って顔をした。
おれは名前を横目に溜息をつき、肩を竦める。
「どうもそういうことらしいよ」
「勘右衛門はそれでいいのか?」
「よくはない。けど、まぁ…名前自身まだ曖昧みたいだし」
「……? そうじゃなくて、それってお前振られ」
「あああああっと名前の耳に虫が!」
兵助の台詞を遮りつつ、名前の両耳を押さえる。
びくーっと思い切り身体を震わせた名前は口をパクパクさせ、涙目でおれを見上げてきた。
「つ、潰しちゃった…?私、の、頭巾…で…虫…」
「残念だけど逃げられた」
「よか、よかった……」
「お前虫平気じゃん」
「ばか!!潰されるのは嫌に決まってるでしょ!」
言いながら頭巾を外している名前(一応自分の目でも確認したいらしい)を放置して兵助に向き直る。
悪気なくおれの気持ちを暴露してくれようとしていた友人は、眉間に皺を寄せた難しい顔で何かを考え込んでいた。
――ちゃんと説明しておいたほうがよさそうだ。
そう判断して、頭巾を畳んで懐に仕舞っている(つけ直すのが面倒になったんだろう)名前に声をかけた。
「名前、ちょっと先に行って席とっといて」
「ろ組の分は?」
「そっちは空いてたらでいいよ」
「わかった」
適当な理由で彼女を送りだし、仕切り直しをするように小さく息をつく。
なにか言いたそうにしている兵助に笑うと、なぜか痛々しい表情を向けてきた。
「……別れたのか?」
「………………そっか…そういえばちゃんと言ったことなかったっけか」
「勘右衛門?」
「残念ながら、そんな話ができるような関係じゃないんだよね、まだ」
「は?」
なるほどなぁ、と思いながら答えたら、兵助が“理解できない”って顔をする。
おれと名前は当然のように一緒にいることが多いけど、どうしてかなんて言葉にしたことはない。
それでもおれは名前を甘やかしてるし、名前もおれを頼るのが当たり前みたいなところがあるから、傍から見たら兄妹か恋人か――兵助の場合は恋人同士として認識していたみたいだ。
とはいえ、数年単位でつるんでるんだから、その辺察してもよさそうなもんだけど。
「だって昔からいつも一緒にいるし」
「それは名前が会いに来るから」
「よくくっついてるし…」
「それも名前が甘えてくるから。おれあいつの安定剤みたいなとこあるし」
「でも、そういうの受け止めてるのは勘右衛門が名前のこと好きだからだろ?」
「そうだよ。だから、カンペキおれの片想いってこと。……あーあ、兵助でさえ気づくのに、どうして名前はわかんないんだろ」
「…なあ。今、さりげなく馬鹿にしなかったか?」
「あははっ、してないって!……ありがとな」
「あ?」
聞き取れなかったらしく、顔をしかめる兵助にへらっと笑ってみせる。
もちろん言い直すつもりなんてないけど、感謝してるのは本当。
自分の気持ちを知ってる人がいるって、結構気が楽になるもんなんだな。
「――そんなわけで、おれ名前のこと本格的に落としにいくから」
「え?」
「協力よろしく」
「……全然話についていけないんだけど」
「まずは幼馴染からの脱却かな」
「聞けよ勘右衛門!」
歩くような速さで
1870文字 / 2011.09.21up
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