カラクリピエロ

眼鏡をかける

※久々知が勉強中に眼鏡使用だったらif





カリカリとノートの上を走るシャーペンの音を聞きながら、ふっと息を吐き出す。
問題の残りは四分の一くらい。あとでまとめて久々知くんに教えてもらおうと残してあるそれが解ければ、無事宿題は終了だ。

ちらっと久々知くんの方に視線をやって、普段は見ることのない装飾品に目を奪われた。

ぱっと見黒に見えるブルーがかったフレームに、薄いガラス――レンズが嵌っているそれを煩わしそうに押し上げる仕草。
問題を解くことに集中してるのか、しばらくノートから顔を上げそうにない。

(……途中で邪魔したくないもんね、うん)

そう自分に言い訳して、声をかけずに伏し目がちになっている彼の顔を見つめた。

久々知くんが眼鏡をかけるのは授業中と、こうして勉強してるとき。あとは本を読んでいるときだけだ。

真剣な眼差しに、長いまつげ。わずかに寄る眉根――そして、眼鏡。ずるい。
こうして眼鏡をしていてもかっこいいなんて反則だと思う。

久々知くんが自分の口元に手をやって何度かシャーペンでノートをつつく。
チャ、とフレームを押し上げる音。

「あ」
「…………休憩」

あっさり眼鏡をはずして、それをノートの上に放りだす(一応、丁寧に)久々知くん。
溜息混じりに俯いて、目をほぐすように手をやった。私からは久々知くんの顔が見えなくなったのが不満だ。

「あのな名前、」
「うん?」
「……見すぎだ」

俯いたまま呟く久々知くんの言葉を聞いて、私は一気に顔が熱くなってしまった。

「いやあの、眼鏡!眼鏡がね、気になって、それでつい」
「……ふーん……眼鏡か」

――あれ。
なんだか、ちょっとだけ、不機嫌になってるような気が……

と思っていたら、不意に目が合ってドキッとした。
まさか久々知くんに見惚れてじっと見続けていたことがばれたんだろうか。私、嘘ヘタらしいし。

「…わ、私も久々知くんの眼鏡かけてみたい!」

咄嗟に視界の端に映る眼鏡を指さして、そんなことを口にしていた。
しかもばっちり“久々知くんの”って言っちゃってる。
混乱した私は無言になり、久々知くんはそんな私をじっと見つめてくる。

「……ちょっとだけだぞ。軽くだけど、度入ってるから」

じわじわと込み上げてくる恥ずかしさから見つめ返すことができなくて、咄嗟に何を言われたのかわからなかった。

ん、とブリッジの部分をつまんで私に差し出してくるから両手をお皿にしたら、ピタリと久々知くんの動きが止まる。
あれ、と思って視線を上げれば、ひょいと眼鏡を引っ込めて代わりに笑顔の久々知くんが身を乗り出してきた。

「久々知くん?」
「じっとして」
「ひゃっ、」

伸びてきた手がそっと私の頬を伝い、髪を掬って耳にかける。
その時に指先が触れてびくっと肩が震えてしまった。

「もう少しこっち」
「私、自分でできる……っ、」

どうも久々知くんが直接かけてくれるつもりらしく、腕を引かれる。
恥ずかしいから遠慮したかったのに、既に膝立ちになってる久々知くんが眼鏡と一緒に目の前にいた。

「――目、閉じてくれるか?」

わざわざ声を潜めて、近距離で囁いてくる久々知くんのせいで顔が熱い。耳も。
こんな風に言う必要なんて絶対ないはずなのに、意地悪だ。
どこか楽しそうな雰囲気をまとう久々知くんから逃げるようにぎゅうっと両目を瞑る。
やんわりと上向けられて、いつ来るのかと内心ビクビクしていたら、唇にそっと温かいものが触れた。パチッと勢いよく目を開けたら至近距離に久々知くんがいた。まつげが長い。綺麗。

「……名前は素直すぎ」
「だ、だって…、」

そんなの、仕方ないのに。
さっきよりもずっと熱くなった顔で反論しようとしたら、久々知くんは笑顔になって私の額に口づけた。

「っ!」
「誰にでもってわけじゃないんだよな?」
「あ…当たり前だよ」

目を逸らしつつ肯定したら、うん、と嬉しそうに相槌を返されてなんだか居た堪れない。
久々知くんはにっこり笑顔全開で眼鏡を持ち上げると、さっきと同じように「目を閉じて」と言った。
その笑顔に若干警戒しながら、もう一度目を閉じる。くすりと笑い声が聞こえてびくついてしまったけど、意地悪はなしだった。

耳にかける部分がこめかみを滑っていくのがくすぐったい。
耳と鼻(眉間の近く)がむずむずする。ゆっくり目を開けたら、視界が一瞬歪んだような気がした。

何度も瞬きをしながら思わず目を擦りそうになる。手の甲がレンズにぶつかる直前で、ハッとして動きを止めた。危なかった。
不審な動きをする私を見て笑う久々知くんが僅かに首を傾げる。

「どうだ?」
「んー…なんか、落ち着かない」
「俺も最初はそう…だった……」

すぐにずれる眼鏡を両手で調整している途中から、久々知くんの様子がおかしい。
じっと凝視されているのが落ち着かなくて、そわそわする。
サイズが合わないのか、またズルッと眼鏡が下がった。

「あの、やっぱり…似合わない?」
「待った!ちょっとだけそのまま!」
「へ、」

直後にカシャ、と機械的なシャッター音。
ん、と満足そうに呟いて何事もなかったように携帯を閉じ、胸ポケットへ。

「――……え!?」
「? ほら、もういいだろ?」
「いやいやいや!!い、今、撮ったよね!?」
「うん、可愛かったから。それより眼鏡…………名前は俺に外してほしいのか?」

どんな写真を撮られたのか気になって詰め寄ったら、にっこり笑顔で腰に腕を回された。
身を反らして(久々知くんの腕に邪魔されたけど)首を振る。くらりと視界が揺れる。

「いいいいま、外すから!」
「遠慮するな」

してない。
視線を斜め下に逃がし、外すために手を持ち上げようとしたのに、いつの間にか久々知くんに握られていて動かせない。
おろおろしながら見上げたら、ちゅっと音を立てて口を塞がれて反射的に目を閉じた。

「ん、」

漏れてしまった声が恥ずかしくて瞼に力を入れる。
ちゅ、ちゅ、と何度もついばむように口づけられて、気づけば久々知くんに横抱きにされている。ぐっと肩を抱き寄せられて唇を食まれ、びくりと身体が震えた。

「邪魔」
「あ…」

あっさり取られた眼鏡を目で追う間もなく瞼に唇が触れる。カシャン、と床に落ちたような音が気になったのに、すぐにそんな余裕も奪われてしまった。





「お。兵助、何見てんだ?」
名前の写真」
「…納得」
「なにが」
「ニヤニヤしてっから」
「だってレアだぞ?」
「いや意味わかんねぇけど…………お前眼鏡フェチだったのか?」
「俺は名前フェチだよ」
「真顔で答えんな!!」

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