カラクリピエロ

ネクタイを締めてみる



「久々知くんのはちゃんと結ぶタイプだよね」
「ん?」

私よりも先にお弁当を食べ終わり、パックの豆乳(今日は抹茶味)を飲んでいる久々知くんの首元に目が行って、つい声に出してしまった。
しっかり聞いていた久々知くんは不思議そうに首をかしげる。

(……可愛いなぁ)
「何の話だ?」
「ネクタイ。今日服装検査あったでしょ?」

いつもは“規定?なんですかそれ”な喜八郎も、ちゃんとブレザーにネクタイ着用で一瞬誰だかわからなかった。
やけに綺麗な形のネクタイに興味を示した私に、喜八郎は「こうなってます」と外して見せてくれた。
滝夜叉丸が作成したらしいワンタッチ式(彼は案外器用だ)にはしゃいだ私はそれを喜八郎で何度か試し、単純ですね、と呆れ混じりのコメントを貰った。

「…………へえ」

相槌を打つ久々知くんが片手で豆乳の紙パックを潰す。
グシャ、と潰されたパックには中身が少し残っていたようで、ストローから僅かに飛び出して久々知くんの手にこぼれた。
軽く驚きながらハンカチを手渡してネクタイの話題に戻る。

「久々知くんのは違うでしょ?」
「うん」
「けど結び方綺麗だなーって」
「それは、慣れてるから――…………名前

ちょうど空になったお弁当箱を閉じたところで久々知くんが手招く。
頷いたのに、私が動く前に久々知くんのほうから近寄ってきて、いきなり私のリボンタイを外した。

「!?」

寂しくなった襟元と、膝上に落ちるリボンタイ。
一体何が起きたのか。状況を把握しきる前にシュル、と衣擦れの音が聞こえた。つられて顔をあげれば久々知くんがネクタイを解いているところで、思わず息を呑んだ。

(……う、わ……)

かっこいい。
ぼーっと動きに見惚れる私をよそに、久々知くんは解いたタイを私の襟に巻き始め――

「え!?な、なに?」
「じっとして」
(えええええ!!?)

そう言われて反射的に固まる。
久々知くんの顔が近すぎて上を向けない。そうだ俯いていようと両手でスカートを握って視線を下げたら、今度は胸元で久々知くんの手が動いているのが見えて余計にドキドキした。

ドックンドックン鳴りすぎて振動が伝わっちゃうかもしれない。
せめてもの抵抗できつく目を閉じる。どうせなら耳も塞げばよかった。

「ん。できた」

満足そうな声にハッとして目を開けると、綺麗に結ばれたネクタイが私の首に下がっていた。

「…………」

どうしよう。ちょっと、嬉しい。
上から押さえるように触れて、そのままタイの先端までを撫でてみる。

「覚えた?」
「? 何を?」
「ネクタイの締め方」

にこっと笑顔で聞いてくる久々知くんに、ぎこちなく首を振る。
もしかして、さっきので覚えないといけなかったんだろうか。

「ご、ごめん」
「仕方ない。もう一回だな」

言いながら笑う久々知くんは妙に楽しそうだ。
すっと私の後ろに移動してきて、気付けば私は久々知くんの足の間に座る形になっている。
しかも久々知くんはこの姿勢でネクタイを解こうとしているのか、背中がピタリとくっついていた。

「ちょ、ちょちょ、ちょっと、ちょっと待って!!」
「どれくらい待てばいい?」
「……っ、」

耳元で、というか、耳に、唇が、触れている。
絶対、絶対わざとだと思いながら身を捩ったけど、抱き締められて動けなくなった。

名前が覚えるまで離さない」
「わか、った、覚える!絶対覚えるから!」
「覚えたら俺のもやってくれるよな」
「やります!!」
「――約束」

くす、と嬉しそうな笑い声を残してようやく腕が緩む。
余韻を残す耳がくすぐったくて片手で押さえると、やっぱり熱くなっていた。





「待って、やっぱり無理!覚えられない!」
「まだ時間あるから大丈夫だ」
「そういう問題じゃ、なくて、」
「なくて?」
「…………わかってるくせに」
「どうかな。外れてるかもしれないからちゃんと言ってくれないと」

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