カラクリピエロ

ポッキー&プリッツの日


「……邪道だろ」

放課後の教室。
久々知くんと向かい合って二人でお菓子を食べながら週番日誌をつける私に、勘右衛門は不躾にそう言った。

わけがわからなくて久々知くんを見たら、久々知くんもちょうどこっちを向いた。なんだか嬉しくなって、つい顔が緩む。
久々知くんはふっと笑って(かっこいい)前に垂れていた私の髪を掬いとったから、『なに?』って意味を込めて見つめてみた。

「――あのさ、おれの存在忘れないでくれる?」
「邪魔するな勘右衛門」
「むしろ邪魔なの兵助だろ」

呆れを滲ませた勘右衛門がじとっと久々知くんを睨むようにして溜息をつく。
実際週番なのは私と勘右衛門だ。
久々知くんはわざわざ待っていてくれていることになるけど、邪魔だなんて言い方は酷い。
と伝えたくて口を開いたところで、さらわれたままだった髪を軽く引かれた。

名前、俺邪魔か?」
「っ、ううん、全然!」
「だってさ」
「…………名前ならそう言うに決まってんじゃん。そうじゃなくてさあ、これだよ」

勘右衛門は私たちが食べていたお菓子――トッポの箱をトントンと指で叩く。

「まだあるよ?はい」
「違う」

なんて言いながら、ちゃっかり袋から一本抜き取っていくから思わず笑ってしまった。
勘右衛門に続きを促したのと同じタイミングで、久々知くんが私のペンケースからシャーペンを出しながら隣に移動してくる。
触れ合う肩と、腰に回された腕にびくりと身体が震えた。ドキドキしながら久々知くんを見たのに久々知くんはお構いなしで、中々埋まらない日誌の空白に文字を書き始めていた。

「……話す気失せた……」
「ええ!?半端に止められると気になるんだけど!」

はあ、とこれみよがしに溜息をつく勘右衛門は、いつのまにかトッポの袋(私の)を持ち勝手に食べ続けていた。

独り占め禁止!と手を出せば勘右衛門が自分の鞄からポッキーの箱を取り出して私の手に乗せる。極細。

「…気前いいね」
「全部やるとは言ってない」
「えー」
「――ああ、そういうことか」
「? なにが?」

横から伸びてきた久々知くんの手がポッキーの箱を勝手に開ける。
気付けば日誌の空白はだいぶ埋まっていて、久々知くんの綺麗な字が並んでいた。

「久々知くんありが――ッ、ん!?」

突然口にポッキーをつっこまれて反射的に口を閉じる。
ポキリと半端に折れて、久々知くんの手に残った持ち手側は久々知くんが「…極細め」と不満そうに呟きながら食べてしまった。

(……なんか、すっごく恥ずかしい)

わけもわからず口を覆いながら、食べさせられた形で口の中に残るそれを租借する。
落ち着かない気分で視線をウロウロさせていたら、勘右衛門が「もうやだ」なんて言いながら頭を机に伏せていた。ゴン、と鈍い音がしたんだけど、大丈夫かな。

「勘右衛門?」
名前、早くそこ書いちゃって」

肩を叩こうとしたらガバッと勢いよく上体を起こし、文章が中途半端に切れている箇所を示す。それから久々知くんに手のひらを向けて「残り」と端的に言った。

「これもやるよ」
「ん、ありが……兵助、お前今日のこと知ってたろ!」
「別に知らないとは言ってない」

続きを書き足しながら二人の会話を横目に見れば、久々知くんはプリッツの箱(サラダ味、開封済み)を勘右衛門に手渡しているところだった。

「その内豆腐味とか出ないかな」
「いやー…ないだろ……」
「…結局なんだったの?今日なにかあるの?」

ようやく全部埋まった日誌を閉じながら聞けば、勘右衛門はあっさり「ポッキーとプリッツの日だよ」と教えてくれた。
今まで勿体ぶってたのはなんだったんだろう。

「それは兵助と名前のせいだから」
「ふーん?あ、私も――」
「いいって。おれこのまま帰るから名前はもう少しゆっくりしていきなよ」

鞄を肩にひっかけながら立ち上がる勘右衛門が自然な動作で日誌をさらう。
行き先は職員室だとわかっているから一緒に行こうとしたのに、ポンと軽く頭に手を置かれさっきの台詞を言われてしまった。

「兵助、無理強い禁止な」
「するわけないだろ」
「んじゃね、二人とも。また明日!」

にっこり笑顔で手を振る勘右衛門。
言われた内容の意味を考えながら無意識に手を振り返していたら、急に肩が重くなった。

「久々知くん?」
「……っていうか、ゲームなんて回りくどいよな」
「なにが?」
「キスしたい」
「え!!?」

話の繋がりがまったくわからないうえに衝撃的な言葉に驚いて、身体がビクッと震えた。
思わず目が行ったのは久々知くんの唇で、私は一気に恥ずかしくなって顔を逸らす。
なのに、久々知くんの手が私の頬を優しく包んで戻してしまう。しかも「あったかいな」なんてわざわざ(しかも楽しそうに)言う。意地悪。

「していいか?」
「……そうやって、聞くのも……いじわる」

久々知くんはくすりと笑うと私にすごく短いポッキーを咥えさせて、なにが起こったのか把握できないうちに私の口を塞いでしまった。






「…これ食べるとき指にチョコレートつくよね」
「サラダ味の方がよかったか?」
「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて…!…というか、別に、その、」
「必要なかったよな」
「…………」
「まあそういう日らしいから、一応」
「そうなの!?」

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