カラクリピエロ

ある夏の一幕

※久々知視点





授業中に出された問題を全部解き終わり、一息つく。
何気なく前に目をやれば、名前が一度背筋を伸ばし、再度俯いたところだった。

一問終わった、よし次に取り掛かろう――きっと彼女の内情はそんなところだろう。
動きを観察していてふと目に付いたのは、名前の背中にうっすら見えるピンクの横線。
今日はピンクか。ピンクもいいな。
にしても、いつもは透けてないのにどうして今日は見えるんだろう。

授業とはまったく関係ないことを考える俺をよそに、周りでも解き終わった生徒が増えてきたのか、少しずつ騒がしくなってきた。
あと五分したら当てるからな、と先生の声がして、騒ぎがさらに大きくなった。
そのどさくさにまぎれてシャーペンの頭で名前の背中をつつく。
ビクッと跳ねた名前は椅子を鳴らして身体を捻り、こっちに顔を向けた。

「なあに?」
「…………いや、呼んだだけ」

俺の返答に目を丸くする名前が教壇の方をちら見する。
それからサッとノートを持ってくると、それを俺の机に乗せかけながら「教えて」とこぼして眉尻を下げた。
ちょっと弱気な様子を見せ、頼ってくれるのが嬉しい。

「あと最後だけなんだけど」

名前の小声を聞きながら、彼女のノートを引く。
件の問題も途中まで終わっているようで、ちょっと言葉を添えるだけであっさり自己解決してしまった。少し物足りない。

ありがとう、と言い添えて前に向き直る名前の背のラインにまた目がいく。
結局俺も名前も指名されることなく授業は終わり、休憩時間。
名前に声をかけようとするより先に、彼女はこっちを向いた。

「久々知くん、さっきずっと見てなかった?」
「わかったのか?」
「なんかムズムズした。私の背中何かついてた?」

くすくす笑って首を傾げると、名前は背中を見ようとしたのか上体を反らすようにして身体を捻る。
つい柔らかな曲線を描く胸元に目が行って、夏って素晴らしいなと馬鹿なことを考えた。

「…ないよね?」
「ないよ。ところでさ、今日は寝坊でもした?」
「え!?な、なんでわかるの!寝癖は直したはず…」

ポッと頬を赤くして、忙しなく前髪に触れる名前の慌てようが可愛い。

「兵助ー、辞書貸してくれ国語!」
「竹谷、いっつも借りに来てるけど自分のないの?」
「あるけど部屋に置きっぱなし。兵助の辞書使いやすいし」
「…………それは久々知くんが使いやすくしてるからでしょ」

見習えばいいのに、と小言を言い始めた名前から逃げたいのか、八左ヱ門が俺を急かす。
名前を適当にあしらいながら俺の肩を掴み、小さく「お前見放題だな」と囁いてきた。

「……一応聞くけど、何をだ」
「わかってるくせに聞き返すなよ!名前のブラせ――ぶっ」
「八左ヱ門、それ以上見たらもう貸さないからな」

笑顔で八の顔に辞書を叩きつけ、押し返す。
ぎょっと目を見開いた名前が俺と八左ヱ門を交互に見て、声をかけるべきか迷っていた。

「無茶言うな」
名前が穢れる」
「言いすぎだろ!!大体兵助だって同じじゃねーか」
「俺は別」

俺の返答に苦虫を噛み潰したような顔をして、八はガリガリ頭を掻いた。

「あのなぁ兵助、ふつーに考えて無理だから。見られんの嫌だったら名前にちゃんと教えとけ」
「そうするよ」
「うわ、こいつ真顔で……名前、お前気をつけろよ」
「は…?いきなり話に巻き込まれても意味が…」

授業開始のチャイムに、八左ヱ門が「じゃあな」と言い残して慌てて出て行く。
それを合図に授業の準備を始めた名前を見て、自分も同じように教科書類を机に出した。

「ね、久々知くん」
「ん?」
「さっき竹谷となんの話してたの?」
「気になる?」
「うん!」

期待を滲ませて身を乗り出してくる名前に笑って、じゃあ後でと言い切る前に教室の戸が開いた。
反射的に口をつぐんで目をやると、姿を見せたのは勘右衛門で拍子抜けする。

「はいはい、みんな静かにしてくださーい」

どさっと教卓にプリントの束をおき、教師の伝言を口にしながら黒板にチョークを走らせる勘右衛門。

「……自習?」
「みたいだな。気楽でいい…………話は後で、な?」
「どうしても?」

お預けされてうずうずしているらしい名前の上目遣いに屈しかけたものの、軽く頭を振って息を吐く。

「時間がかかるんだ」
「え、そんな深刻そうに見えなかったんだけど」
「うん…じっくり話したいから」
「ふーん?わかった後でね!」

――どこで、どうやって話そうか。

勘右衛門が持ってきてくれたプリントの束を受け取って、礼を返しながらそんなことを考えていた。

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