カラクリピエロ

Give it up!

※女装ネタ注意
※「Know an answer」の続き




――近いうちに女装実習があるらしい。

久々知くんの部屋に遊びに行く途中で耳にした、五年生からの情報を直接確認しようとして思いとどまった。
もし私がそんな情報を得たなんて知られたら絶対邪魔されるに決まってる。

真っ向からお願いしても毎回却下されるし、こっそりお化粧しちゃおうとしたのも駄目だった。
どうしてそこまで、って驚くするくらい頑なに見せてくれないけど、だからこそ意地でも見たい。

「…名前、なにか企んでるだろ」
「んー、内緒」

笑いながら答えたら、久々知くんは目を丸くして何度か瞬くと“仕方ないな”って顔で私の手を握る。
緩んでしまう顔を隠そうとして俯けば、握られた手を引かれて久々知くんにぶつかった。
そのまま軽く抱きしめられて、嬉しいのに唐突さについ腕を突っぱねてしまう。

「あの、久々知くん…近い」
名前が焦らすから」
「――そんなつもりないのに」
「でもそのうち俺にもわかるんだろ?」
「そ、そうとは、限らないと思うんだけど」

腕の囲いが段々狭まる中で言い返すとくすくす笑い声が降ってきて、こめかみの辺りに久々知くんの唇が触れる。
思わずビクつく私と額を合わせ、じっと覗きこんでくるから自然と頬に熱が集まっていく。
自分でそれがわかるだけに、ますます恥ずかしい。

「――じゃあ俺には関係ない?」

この距離で、目を逸らせない状況で、その質問だなんて。
久々知くんは私の答えを知ってて聞いてきてるんだから余計ずるいと思う。

「…………関係あるけど、ぜ、絶対、教えない」

答えを絞りだす私を見て意外そうな顔をする久々知くん。
ちょっとだけ反撃できたような気がして頬を緩めると、ぎゅっと思いきり抱きしめられて色気のない悲鳴をあげてしまった。

+++

面白がった立花先輩の協力もあって判明していた五年生の女装実習当日。
私はいたって普通の格好で女装する忍たまの群れに紛れ込んでいた。

いろはで合同だったのは運がよかったと思いながら、見知らぬ顔が固まっている辺りから周囲を見渡す。

色とりどりの小袖に下方で結ばれた髪――それと、軒並み濃い化粧。
みんな山田先生を参考にしてるのかと思うくらい(実際実習の担当は山田先生らしい)盛りすぎだと思う。

(っと、そんなことより久々知くんは……)

きょろきょろしている最中、トントンと肩を叩かれる。

――今は忙しいから後にしてほしい。

呼びかけを手のひらで押しのけて『い組』の辺りを注視していたら突然背中を軽く押され、振り返りざま腕を引かれた。

「な――」
「しー。こっちおいで」

頬と唇が真っ赤になっているけど、その雰囲気と困ったような笑顔は間違いなく不破くんだ。
不破くんに腕を引かれるまま振り向くと、私とお揃いの着物と髪型でしなを作る女の子が何人かの忍たまに囲まれていた。

「…不破くん、あれって…」
「びっくりしたよ、見知らぬ生徒が紛れてるっていうんで見にきたら名前が忍たまに囲まれてるんだもの」

少しずつ遠ざかる私そっくりの女の子――もとい、三郎が「やはり私の女装は素晴らしいだろう」と踏ん反り返っている。
女装じゃないだとか、騙されたとか、紛らわしいと野次が飛んでいるのを聞きながら…後でお礼をしたほうがいいのかもしれないと思った。

不破くんにも“ごめん”と“ありがとう”を言ったら、苦笑しながら「名前はすごいね」との言葉をもらった。

「…それにしても知り合いの女の子に見られるのって想像以上に恥ずかしいな」

はは、と自嘲気味に笑いながら溜息を洩らす不破くんにどう声をかけたらいいかわからないまま、誘導された先には竹谷が座っていた。

「――お前なに堂々と紛れ込んでんだ」
「酷い!!」
「あ!?」

“女装授業”のくせに着物の裾を乱して足を広げてるし袖はまくってるし、竹谷はちっとも女の子らしく振舞う気がないらしい。

「せめて足閉じてよ!見てる方が恥ずかしいでしょ!!」
「ば、馬鹿、引っ張んな!」
「不破くんもだけど化粧は濃いし…髪だって、もう少し丁寧に梳かせばいいのに」
「あ、兵助」
「え!?」

ぐるんと振り向いてみても、その先を探してみてもそれらしい人影は見当たらない。
騙されたと抗議しようとしたら唐突に口を覆われた。

「ん…、んー!!?」
「……名前も凝りないな」

久々知くんの声がしたことで安心しながら力を抜く。
視線の先には可愛らしい色合いの袖口が見えて、自分の口を塞ぐ手をがしりと掴んではがそうとした。

今振り向けばきっと目標が達成できるのに――外れない。

「ん、む……」
「まったく…こういうのは趣味じゃないんだけど」
「ん!?」

シュル、と衣擦れの音がして視界が真っ暗になる代わりに、口を覆っていた手のひらが外される。

「ちょ…、え、久々知くん!?」
「ここにいるよ」
「ち、違う、そうじゃなくてなんで目隠し」
「もう少し我慢してくれ。手こっち、掴まって」

目隠しを取ろうとした手を掴まれて、誘導されるまま腕を動かす。
直後、いきなり足が宙に浮いた恐怖で思いっきり久々知くんにしがみついてしまった。

ふわりと香る白粉の匂いに戸惑いながら実習は?と聞いてみたら、終わった、と一言だけ。

「…………呆れた?」
「それより心配した。名前はくのたまの前に女の子なんだから、もっと警戒してくれ」
「うん……今日の実習って、どんなのだったの?」
「…………“お嬢さん”」
「え?」
「そう呼ばれたら終わり」

い組から開始だったとしても、久々知くんの終了は早すぎないだろうか。
この目隠しが少しでもずれてくれれば見られるのに。

願いむなしく久々知くんの足は止まり、そっと降ろされながらも身動きし辛い雰囲気に手のひらを握る。

「も、もう取っていい?」
「まだだめ」

上から手を覆うように押さえられ、びくっと肩が跳ねる。
私の前には見たかった女装姿の久々知くんがいるはずで、目の前にいるのにこんな生殺し状態なんて酷い。

「久々知く、んっ…、んく…!?」

呼びかけようとしたものの、唇を塞がれて口移しに何かを流し込まれた衝撃でそれを飲み込んでしまう。
咳き込む私を緩く抱きしめて背中を叩く久々知くんの着物を掴むと、ごめん、と小さな声が聞こえた。

唐突に思考にもやがかかり、眠気が押し寄せる。
衣擦れの音と明るくなった視界にはぼんやりとした人影しか認識できず、落ちてくる瞼を押し上げようとしてもできなかった。

「――……う…、くくちくん?」
「起きたか」

ぼーっとする頭で呼びかけたら、あからさまにホッとした表情の久々知くんが柔らかく私の頭を撫でる。
それが気持よくて目を閉じるとくすりと笑われてしまった。
抱えられている状況に慌てて離れようとしたけど、それは久々知くんの腕にやんわり止められる。

視線をうろうろさせているうちに自分が私服であることと、直前までのことを思い出して久々知くんを凝視した。

「ん?」
「…………忍装束」
「着替えたからな」
「~~~~!! そこまでしなくてもいいのに…!」
「そうまでして見せたくないんだって、そろそろわかってくれてもいいんじゃないか?」

苦笑する久々知くんが私を抱き寄せて、手のひらに何かを乗せる。
貝殻を使った入れ物に、淡い色の――

「紅?」
「土産。実習の産物じゃなくて、俺が名前に選んだんだからな」
「わ、私に…?」
名前から移される分なら見せてもいいよ」
「?」

どういう意味か尋ねる代わりに首を傾げると、ちゅ、と口づけられて何度も瞬く。
言葉を紡げない私を楽しそうに見下ろしてもう一度。今度は唇を挟まれたうえに舐められて勝手に身体が震えた。

「…わか、った」

息継ぎの合間に答えると、久々知くんは微笑んできつく私を抱きしめる。
温かい腕の中で呼吸を整えながら……見てみたい気持ちはあるけど、口移しで紅を引くのは恥ずかしいんじゃないかと悶々としてしまった。





「ここだけの話さ、名前は諦めたの?」
「何を?」
「女装を見るってやつ」
「まさか。でも一目だけでいいのになぁ…遠くからでも充分なのに…」
「今日たくさん見たじゃん」
「私は久々知くんのが!見たいの!他の人はどうでもいい」
「あははっ、おれ名前のそういうとこ好きだよ」
「うん、頑張る!!」

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