カラクリピエロ

Such as Cushioning

※尾浜視点/体験ツアー(学級)終了後




委員会の活動ももう終わろうかという時間。一年生に片づけを任せて三郎と書類の確認をしている途中、戸口に立つ気配に目をやる。
声をかけてくるわけでもなく、戸が開く様子もない。
ちらりと三郎を見れば同じように見返され、肩を竦めてから戸口へと足を向けた。

「――名前、手伝いに来てくれたんじゃないの?」
「わ!?びっくりしたー」

バレてないと思ってたのか、名前は言葉通りびくっと身体を跳ねさせて胸元を押さえる。
戸を開け放して迎え入れる姿勢をとれば彼女は数回瞬いて、いいの?と小さく言った。

「手伝っていくなら構わないさ」

返事をしたのは三郎で、名前は声の主を見てあからさまに顔をしかめる。
一年生は揃って目を丸くして名前の方を向いたけど、彼らの方に気を配る余裕はないらしい。

「…面倒くさいから嫌」
「勘右衛門の時間を空けたいんじゃないのか?」
「…………そうだけど、三郎に言われるのが納得いかない」

否定はせず、書類の傍に座る名前に思わず笑いが漏れてしまった。
彼女が学級委員長委員会へ参加した日から、名前はちょくちょくこうしておれを訪ねてくる。
目的はおれとの会話じゃなくて“兵助についての話をおれに聞かせること”だけど。今のところ頻度も高くないし、感極まってって時に限るみたいだから、この行動に文句を言ったことはない。

「手伝ったら聞いてくれる?」
「いいけど、これやりながら話せば?」
「三郎いるからやだ」
「私だってくだらない話を聞かされるのはごめんだ」
「ぐっ……ま、前にも思ったけどね、三郎は勘右衛門を見習ったほうがいいと思う!」
「ハッ、物好きで苦労性になれって?嫌だね。大体お前の話は『久々知くんが優しくて素敵でかっこいい』ばっかりだろうが」
「悪いの?」
「これだもんな。だから嫌なんだ」
「私だって鉢屋くんに聞かせたいとは思ってませんー!ん、勘右衛門これ、ここ抜けてるよ」
「こっちもだ」
「はいはい」

同時に差し出された書類を受け取って、再提出分として仕分ける。
ちゃんと目を通しながらも口まで忙しなく動かす二人に溜息をついて(どっちかにすればいいのに)、困惑している一年生を宥めて先に帰した。

「――よし、最後だ。勘右衛門、これで全部だろ?」
「うん。一人増えるとやっぱ楽だね」
「…増える相手によるけどな」

ぼそりと呟く三郎の視線を受けてか、内容は聞こえなかったらしい名前がムッと眉間にしわを寄せる。
普段の接し方の影響が出てるよなぁと思いながら、わざわざ名前を煽る三郎に再提出分の紙束を渡して各所への連絡を頼んだ。

三郎が空き教室を後にして、名前と二人。
とりあえずお茶を淹れてやるといつもの通りお礼を言われて、それをきっかけに話が始まるはずだけど――今日は少し違うみたいだ。
無言でそわそわしだす名前に二度瞬きをして、先を促すように首を傾げた。

「どうしたの?今日の兵助変だったとか?」
「変っていうか……その、久々知くんって誰にでも触ったり…する?」
「は?」
「ああああ、ごめん違う!ちょっと待って、ええと……」

一人で焦って額を押さえる名前に「落ちついて」と返して湯のみを示す。
名前は唸りながらそれを両手に持って、湯気を払うように息を吹きかけた。

「……泥をね、とってもらったの」
「うん。どこの?」
「顔…ここらへん。でね、私はもちろんびっくりしたんだけど……あ、でも嬉しかったんだよ。久々知くんね、触り方すごく優しいの。くすぐったいくらいで…触るっていうか撫でるみたいな…」

頬を示した後、名前は湯のみを握り込みながらその時のことを思い出しているのか、少しずつ顔を赤くして俯いていく。
触るとか撫でるとか…話だけ聞いてると恋仲じゃないのが不思議なくらいなのに(おれはさしずめ仲介役?)、兵助の鈍さも相当だなと妙に感心してしまった。

「勘右衛門聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。よかったじゃん」
「違うの、聞いて」

だから聞いてるって言ってるのに。
いつもはそんなことないのに、こうして兵助について話してるときの名前はおれの話を聞いてるのか怪しいときがある。
自分のことでいっぱいいっぱいって感じだから仕方ないのかもしれないけどさ。

「私も驚いたけど、久々知くんもびっくりした顔して“ごめん”って言って走ってっちゃって……で、でね、あの…他の、女の子にも…そうなのかなって……」

おっかなびっくり。不安と期待とが混じった声音で、名前はチラチラとおれを窺うように視線を投げてくる。

――なんていうのか、すごく新鮮だなって思う。
おれ自身がこうしてくのたまの恋愛相談(っていうのか微妙だけど)に付き合ってるのもそうだし、名前が見せる反応も“怖いくのたま”じゃなくて普通の女の子らしくて可愛い。

おれの返事で名前は喜ぶかがっかりするんだろうな、と悪戯心が湧いたけど……返事待ちしてる名前の目は真剣で――なにより嘘をついてがっかりさせたくないなって思った。

「…おれの記憶では」
「う、うん!」
「兵助がそんなことするのは見たことない。したとしても火薬委員の一、二年くらいじゃない?っていうか普通女の子のほっぺ気軽に触れないよ」
「…………もしかして、久々知くんにとって私って忍たま下級生」
「あー!待った、無意識の場合除く!」

途端にへにょっと下がり眉になる名前に慌てて言い添える。

「無意識…」
「そう」

苦笑気味になってしまったのは仕方ないと思う――兵助が名前を下級生男子として扱ってるわけないのにさ。

「衝動、つい、思わずってこと。名前もそういうのあるでしょ?」

頷く名前が困ったように笑うのを見てつられたら、なぜかお礼を言われた。

「なんでお礼?」
「嬉しかったから。ほんとに無意識だったらいいなぁ」
「…そうだね」
「よく考えてみたらさ、もし下級生だとしても“くのたまの知り合い”に比べたらすごく近くない?」
「……名前って時々びっくりするくらい前向きだよね」
「そういえばびっくりしてる久々知くんの顔が可愛くてキュンってなったんだけど、」
「えー…そういう風に話飛んじゃう?」

――っていうか男に可愛いってどうなの。
名前はおれのツッコミなんてお構いなしで、普段はかっこいいからこそ云々と兵助の見た目から始まり仕草やら言動やら、おれたちが(たぶん兵助自身も)全く気にしないようなことを嬉しそうに挙げていく。
正直ほとんどのことは理解不能だけど、親しい友人のことを良く言われて悪い気分になるはずもなく、にこにこしてる彼女につられてしまうのも事実だ。

……こうして自分も楽しめちゃうところが三郎いわく“物好き”で“苦労性”らしいけど。おれはそれでいいや。

後で兵助側の話も聞いてみようかな、と思いながら…あとどれくらい報告を聞かせてもらえるのか。終わるときが心待ちなような残念なような、不思議な感覚を味わった。

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