カラクリピエロ

暖をとる方法


※久々知視点




「…寒」

無意識に、手を洗いながら呟いたら息が白く染まる。
指先についた雫を払い、今日は随分冷え込むなと溜息をついた。

部屋へ向かう道すがら、いっそのこと名前の部屋まで行ってしまおうかと思う。
彼女を抱き締めたときの心地良い温度を思い出して、数秒もたたずにそうしようと決めた。

課題の手伝いも頼まれていたし、ちょうどいい。

一応行き先くらいは勘右衛門に告げておこうと部屋の戸を開けて、ついそこで動きを止めた。
部屋の暖かさのせいもあるけど、なにより勘右衛門の代わりに名前がいたせいだ。

集中しているのか俺に気づく様子はなく、筆が止まったり動いたりを繰り返している。
小さく溜息をつく彼女にハッとしたことで、見惚れていたのを自覚した。

それが妙に気恥ずかしくて、気配を消して背後から名前に近づく。

――俺に気づかない名前が悪い。

そう思いながら、僅かに俯く彼女の頬を後ろから挟んだ。

「ひああああ!!?」
「……ぷ、」
「なななな、なに、もう!久々知くん!?」

びくっと思い切り肩を震わせて盛大に驚く名前に笑いが漏れる。
俺の手を掴み、振り向いた名前は焦った顔を拗ねたものに変えて眉間に皺を寄せた。

「ごめんごめん、つい」
「…すっごく冷たかった」

口先だけで謝っていることに気づいたのか、珍しくジト目で俺を見る名前を宥めるべく座りながら抱き締める。
すぐに顔を赤くする名前に嬉しくなって頬に口付けると、驚いたような声が聞こえた。

――名前を宥めるため、なんて建前だ。
ただ俺がこうして彼女を抱き締めたかっただけ。

そんな俺に制止をかけるかのように、名前が俺を呼ぶ。
その焦った感じは余計にドキドキするんだけど…それに名前は気付かない。
適度に相槌を打ちながら、頬から耳へ口付けを移動させる。名前が漏らす吐息に艶が混じるのを聞いて抱き締める力を強くした。

「や、久々知く、」
「いや?」
「さきに、課題…っ、ん」

名前の言葉の途中で首筋に吸い付きつつ、嫌ではないんだなと都合のいいところを拾う。
それなら今は彼女の言う通り課題をこなし、後でたっぷり時間をかけて…とも思うが…赤い顔に潤んだ瞳、呼吸が途切れがちの名前を前に寸止めするのは相当気力が必要だった。

「…? 久々知くん?」
「………………、一回だけ」

片手で名前の目を覆って、返事を待たずに口付ける。
――わざと音を立てたのはせめてもの意趣返しだ。

手を外せば、より顔を赤くした名前と目が合う。
いつまで経っても慣れないなと笑いながら、彼女を胸に抱きこんだまま深呼吸を繰り返した。

「――あの、久々知くん」
名前、そこ間違ってる」

何かを言いかける名前を遮って、間違いを指摘する。
声を詰まらせて、居心地悪そうにもぞもぞ動く名前には気付いている。だけど、あえて気付かないフリをして名前の腹に腕を回した。

「か、書きにくいんだけど」
「腕には触ってないぞ?」
「…そうだけど…」
「とりあえず間違えたからお仕置き」
「え!?」

聞いてない、と振り向こうとする名前の耳に息を吹き込む。
短く悲鳴をあげた名前は口をパクパクさせながら耳を塞いだ。

「な、なん…」
「ん?」
「いやいや…、え!?なんで?」
「やる気でるだろ?」

笑いながら言う俺に、名前は呆然とした後ぷるぷる首を振って見せる。
困っている名前も可愛いなと思いながら、やや強引に筆を握らせた。

「嫌なら正解すればいいんだよ」

俺としては課題を早く終わらせて欲しい。
ついでに名前に悪戯して反応を見るのが楽しいのと――あわよくば名前がその気になればいいという下心。

それを知ってか知らずか、名前は困った顔を赤くして視線を彷徨わせた後課題に向き直った。

「…久々知くん」
「うん」
「私…嫌なわけじゃ、ないからね」

困るのとすごく恥ずかしいだけで、と消えそうな声で付け足す彼女はつくづく俺を煽るのが上手いと思う。

名前…早く終わらせてくれ」
「久々知くんが少し離れてくれたらもっとはかどる気が」
「それは断る」

ぎゅう、と彼女を抱き締めるついでに肩口に顔を埋める。
びくついた名前が直後に悲鳴をあげるのを聞きながら、やっぱり真面目に手伝おうかなと思った。





「せ、せっかく、終わったところ…塗りつぶしちゃった…」
「…俺、そこの答え全部覚えてる」
「ほんと!?」
「あとでご褒美」
「う…なるべく高くないもので!」
「心配しなくても、かかるのは名前自身への負担だよ」
「…………あ、あんまり、恥ずかしくないやつで」
「――…考慮する」

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