カラクリピエロ

クリア不可能


※久々知視点




「ええぇ!?」
「ばっ、声でけーよ!」

名前の声に反応して、ぼんやりと意識が浮上してきた。
でもまだ目を開けたくないと本能が訴える。耳の下から感じるぬくもりと柔らかさと、緩やかに自分の髪を撫でる手を感じながらのまどろみが気持ちよすぎて。

「……竹谷だって人のこと言えないじゃん」

呼吸すら抑えるように、控えめに文句を言う名前の声が聞こえる。
覚醒しきってないながらも瞼を上げれば、一瞬だけ八左ヱ門と目が合った。
視線を逸らす直前の口元だけで笑う気配に内心首を傾げる。また碌でもないことでも企んでいるんだろうか。

「ともかく、兵助のためなんだから協力しろ」
「ぐっ…そりゃ、久々知くんのためなら……いやいや、やっぱり待って」

何が俺のためなのかわからないが、数回瞬いて視界をはっきりさせる。
悩んでいるらしい名前はまだ俺が起きたことに気付いてないみたいだけれど、俺を見下ろす八左ヱ門には“ニヤニヤ”って擬音がぴったりだと思う。
癇に障るそれに一言くらい言いたかったが、名前の膝枕はまだ堪能していたい。どちらか一つしかないなら俺は即決で膝枕を取る。

名前に気取られないようにゆっくり息を吐き出す。
八がいなくなったら起きようと決め、もう一度目を閉じた。

「じゃあ別のくのたまに頼むしかねーよなー」
「~~~~~ッッ、やだ!!」
「……名前?」

――しまった。
名前から必死さを感じ取って、つい声をかけてしまった。

案の定驚いた名前は身体全体を震わせて(当然俺の頭も揺れた)、おどおどした様子で「おはよう」と俺に挨拶してくる。
条件反射みたいなものかと思うと微笑ましくて勝手に頬が緩んでしまう。寝返りを打ちながら同じ挨拶を返したら、「うん」って返事の後に視線を逸らされてしまった。

頬が赤いから照れているんだろう。
自分の肩に添えられていた彼女の手を取って指先に口付ければ、さっきと同じくらいビクッと震えて今度は俺を凝視した。

「――おい兵助、俺がいるのわかってんなら無視すんなよ」
「……普通は気を利かせるものだろ」

名前に伸ばしかけていた手を止めて、八左ヱ門を見る。
盛大な溜息を吐きながら片手で顔を覆う八は、懐から紙片を出し、それを俺につきつけた。

――特別補講、受講者……久々知兵助。

「…………は?」
「“忍者の三禁”」
「酒、欲、色…だろ?それがなんだ」
「……あの、久々知くんがね、色…その、女の子に引っかかりやすくなってるんじゃないかって…それで、特別課題だって」

名前が言いにくそうに続きを受け継ぐ。その内容を聞いてみてもやっぱりわけがわからない。
目はすっかり覚めたはずなのに、頭の回転は鈍いままだ。

「なんで俺が…」
「ご丁寧に“心配”して先生に言ってくれたやつがいるんじゃねぇか?」

笑いながら「頑張れよ」なんて言い添える八左ヱ門は完全に面白がってる。
溜息混じりに身体を起こすと、詳細の書かれた紙を手渡された。

「くのたま一人決めて、そいつに誘惑されないように気をつけろって。で、こいつの出番ってわけだ」

流し読みする俺に簡単に説明してくれるのはありがたいけど、名前の頭に手を置く必要はあるのか。
言及する前に離れる八の素早さに軽く驚きながら名前へ視線を移せば、その顔は赤く染まっている。
一瞬八左ヱ門の行動に対してかと思ったけど、これは――

「……私で、いいよね?」

そっと袖口を握ってくる名前が俺を見上げる。
不安げな色を浮かべる瞳を見つめていたら、ついさっき盗み聞いた八と名前の会話を思い出した。

「私、頑張るから……」

名前に頷きながらも頑張らないでくれ、と思う俺は矛盾してるんだろうか。

「お前にとっちゃ色・欲カバーできていい訓練になるかもな!」
「…………まさか、これ終わるまで」
「とーぜん、名前禁止だろ」
「俺追試でいいよ」
「ええ!?だ、駄目だよ久々知くん!」
「じゃあ明日からやろう、な?」
「“な?”じゃねーだろ……」

呆れを隠そうともしない八左ヱ門は、どうも監視役みたいなものを担当しているようだ。
きっと他の三人もそうなんだろう。と、思った直後に雷蔵が顔を覗かせて名前を手招いている。
俺の後ろにはいつの間にか三郎がいて、とりあえず試してみろと言い残し、また姿を消した。

名前と入れ違いに八が雷蔵の方へ移動してそのまま消える。
何を吹き込まれたのか、名前は口元に手を添えて考え込む仕草をした後で俺の隣に座った。
ぎゅう、と固く組み合わさっていた両の手がほどける。
それをじっと見ていると、片手が俺の膝に乗り、名前との距離が縮む。身を乗り出してくる名前は羞恥のためか真っ赤に染まり、瞳は潤んで揺れていた。

「――……、」

なにか言いたげに唇が震える。
薄紅色の柔らかそうな唇からちらりと覗く舌が、いつも以上に官能的に見えるのは“名前が俺を誘惑してる”という前提のせいなのか。

「……もう追試でいい」
「っ、きゃあ!?」

ぐっと名前の腕を掴んで押し倒す。
すぐさま後ろ頭を殴られて、脳が揺れた。

「早すぎだろ!!」
「……勘右衛門、加減しろよ……」

恨みがましく言って振り返っても、勘右衛門は聞く耳持たずで俺をよそに『ろ組』の三人を交えて円になっていた。
名前はいつの間にか俺の下から抜け出して、少し距離を開けたところに座っている。

「――名前、さっき何言おうとしてたんだ?」
「…………何も」

視線を泳がせてシラを切ろうとする名前をじっと見つめる。
名前は時折俺を見ては逸らすのを何度か繰り返し、観念したように口を割った。

「…………引かないでね?」
「雷蔵に何吹き込まれたんだ」
「ん……その、」

両膝を抱えて縮こまる名前の声が徐々に小さくなっていく。
聞き逃さないようにと距離を詰めて、これ以上は無理だろうと言いたくなるくらい赤く染まっていく彼女の耳を見ていた。

「……………………“イイコトしよ?”」

――うん。
よし、とりあえず追試は受けるとして、問題は場所の確保か――





「――兵助、“よし”じゃないだろ」
「離せ勘右衛門、これは雷蔵が悪いんだから」
「いやいや、だってまさかそんなすぐキレるなんて思わないしさ」
「俺を甘く見るな」
「え、そこ凄むとこ!?」

名前、イイコトって例えば何をする気だったんだ?」
「………………知らない」
「お・ま・え・が、考えるイイコトだよ。あるんだろう?」
「うーわー……すげー悪い顔してるぞ三郎……」
「あってもぜーーーったい三郎には教えない!!!」

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