カラクリピエロ

ネコニマタタビ


ふわふわで、やわらかそう。
目の前で揺れる黒髪を見つめて、ぼんやりと考える。
ふわふわしていて、ちょっと癖があって――やっぱりやわらかくて…

「どうした?」
「……え?」

顔をあげると、きょとんとした顔の久々知くんが私をじっと見て、ふっと目を細めた。
気づけば実際に久々知くんの髪を一房掬うようにして持ち上げている。
触りたいなとは思っていたけど、その衝動に任せて動いていたなんて。そんな自分に驚いて、慌てて手を離した。

「もう少し待ってて」
「…うん」

久々知くんは委員会に必要な書類(予算会議に使うと言っていた気がする)を作成中で、私はそれを邪魔しないように気をつけていたのに。もう悪戯しないように気をつけようと両手を組み合わせる。

なのに、時折揺れる髪に目が行ってしまう。触りたくてそわそわする。どうして今日はこんなに気になるんだろう。

このまま見ていたらまた衝動に負けてしまいそうだと思った私は頭を振って、代わりに自分の髪を触ってみた。
艶を保ちたいなら云々、シャンプーとリンスがどうのこうの、立花先輩の言っていることを全部実行すれば、あんな風に綺麗なサラサラストレートができあがるんだろうか。

(…久々知くんのふわふわはどうやって出来てるんだろう)

緩やかに波打つ髪が持つふんわり感。これが私は大好きだけど、久々知くん自身は絡まりやすいと言っていた気がする。

――気を逸らそうとしていたはずなのに、気づけばまた久々知くんの髪に視線が戻っている。

くるっとこっちを振り返った久々知くんと目が合ってドキッとした。
別に悪いことを考えていたわけじゃないけれど、なんだか居た堪れない。

「も、もう終わり?」
「あと先生のサインだけ」

それを聞き終わる前に腕を引かれて、あっという間に久々知くんに抱き締められていた。

さっきの驚きとは違ったドキドキと、キュッと胸が締まるような感覚が同時に来て少し苦しい。
苦しいのは久々知くんの力が強いせいかもしれないと思ったら、余計に心臓が早くなった。

「…名前は何を気にしてたんだ?」
「っ、なに、って……」

耳元で声をひそめられて勝手に肩が跳ね、肌が粟立つ。
直後に久々知くんが笑う気配と、こめかみへの口付けに驚いて変な声が出てしまった。

「ちょ、ちょっと、待って、心臓持たないから!」
「煽ったのは名前なのに」

――全く身に覚えがありません。

固まる私にくすりと笑い、久々知くんが腕の力を緩める。
それからやんわり私の髪に指を通しながら(なんだかこれも恥ずかしい)、もう一度さっきと同じ問いかけをしてきた。

「それで、何を気にしてたのか聞かせてくれる?」
「…………髪」
「髪?俺の?」

素早く瞬きをする久々知くんに頷いて返す。
久々知くんは結われた髪を片手で前に持ってきて、これ?と改めて聞いた。

「うん。無性に触りたくなって…」
「なんで?」
「…………わかんない」

正直に答えたら、久々知くんは「そうか」と言いながら髪を後ろに払ってしまう。
あ、と声が漏れてしまったのは、多分、ちゃんと触りたいという気持ちがあったから。
だけどそれをお願いする前に、久々知くんが今度は私の髪を前に持ってくる。優しい手付きに緊張しつつ何をするのかと見ていたら、目の前でそれに口付けを落とすものだから、あっという間に顔に熱が集中して呂律が回らなくなった。

「な、なななななに、」
「…………“無性に触りたくなって”」

私の言い方を真似しながら、久々知くんがそのまま私を見る。
からかうような表情と相まって、視覚的な刺激が強すぎると思った。

「あの…ものすごく…恥ずかしいんだけど…」
「ここも、名前だもんな」

久々知くんはなんだか満足そうに頷いて笑ってるけど、私はもういっぱいいっぱいで、自分の髪からゆっくりと指が離れていくのから目が離せなかった。

「――あ。そうだ」

にこっと笑った久々知くんの手が私の腰を抱く。
突然すぎてまた変な声が出てしまったけれど、それよりもこの状況を説明して欲しい。

名前、このままでよければ好きなだけ触っていいよ」
「え、あの、このままって……このまま!?」
「うん」

笑顔で頷かれ、改めて今の状況を確認してしまった。
私は久々知くんの足の間に座ってて、いつの間にか腰辺りで手が組まれている。見上げれば微笑む久々知くんと目が合って、ちゅ、と頬に口づけを――

「!!?」
「…しまった…」

ボッと音がでそうな勢いで顔が熱くなる。
困ったような顔で私から視線をずらした久々知くんをぎこちなく呼ぶと、彼はちらっと私を見た。
それにまた心臓が跳ねて、思わず胸元を握る。

「もうちょっと我慢する予定だったけど……もういいよな?」

囁くような問いかけに見つめ返して、たっぷり時間をかけて頷けば久々知くんによる囲いが小さくなる。
ふわりと甘い匂いが鼻を掠めて、それと同じくらい甘い口付けが降ってきた。





「兵助くん、この前あげたシャンプーどう?」
「…………原因はそれだったのか」
「へ?」
「いえ、なんでもありません。匂いが強いのはどうかと思いますが、名前に効果がありました」
「あ、喜んでくれた?土井先生には不評だったんだけど、やっぱり個人差があるのかな~」





微妙に噛み合ってない会話。きっと異国から取り寄せたお試し商品。マタタビ成分配合(嘘)

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