カラクリピエロ

いとしい君のうばいかた2


※久々知視点




部屋を訪ねてきた名前を歓迎すると、彼女は部屋の一角で丸くなっている猫を目ざとく発見し、嬉々として近づいた。
正座したうえに身を屈め、その猫を覗き込む。にゃあ、と猫の声真似で話かけるまでの一連の流れを見守って、思わず口を押さえた。

そっけない猫は名前にほとんど反応を返さず、耳をぴくりと動かしただけで丸まった姿勢を崩さない。
めげずににゃーにゃー話しかけてる名前にムラッとしてしまい、慌てて頭を振る。
俺は溜息をつくと意図的に彼女から目を逸らした。

名前、こっちに座って」
「あ、うん。久々知くん、この子どうしたの?」
「ふらっと部屋に迷い込んできたんだ」
「野良かなぁ……迷子?それとも生物委員の新しい子かな?」

迷い猫から目を逸らさない名前は後半部分を俺じゃなく、猫に向かって言っていた。
その証拠に重心がそっちに傾いてるし、髪が床につくのもお構いなしで覗き込んでいる。

名前、」
「猫も可愛いよね。目の色は何色?久々知くん見た?」
「…………見たけど覚えてないな」
「そっかー」

どこかそっけない返事をしてしまったのに、名前はにこにこしながら「目開けてくれないかな」と益々姿勢を低くした。

それを見て、横から名前の肩を軽く押す。
わっ、と驚いた声があがり、僅かに目を見開いた名前が身体を軽く丸めたような姿勢で転がって俺を見上げる――少し、猫みたいだ。

「久々知くん、な、なに…?」
「そっちばっかり見てるから」

一拍遅れて彼女の頬に赤みが差す。
俺はそれを満足しながら見下ろして、色づいた頬に口付けた。
名前がピクリと震え、反射的にきつく閉じていた目を開く。
それからゆっくり腕を伸ばして俺の装束を掴んだ。

「……そっちもいいけどさ、こっちの方がいいな」

名前の腕を掴んで首の方へ誘導する。
動揺して忙しなく動く視線と益々色づく頬と、何か言いたげな口をじっくり見て、言葉が出てくる前にそれをふさいでしまった。

「――これ…、すごく、恥ずかしい」
「キスが?」
「ち、違う!や、それも違わないけど、そうじゃなくて」
「わかってるよ」

見上げてくる潤んだ瞳に煽られながら、名前の腕に触れる。
驚いたのか力が入った両腕は、俺の頭を抱くように動いた。

「…………もっと?」
「こ、これは、そういう意味じゃ――」

カッと赤くなった名前に笑って、誘われるまま口付ける。
少しずつ荒くなる呼吸に比例して強まる腕の力が嬉しくて、何度もやわらかい唇を味わった。

「……名前――痛っ」
「?」

吐息だけで俺を呼ぶ名前が不思議そうに見上げてくる。
俺は心配するなと返したかったけれど、突然背中に飛び乗ってきた猫が背中に爪を立てている。しかも髪の毛を巻き込んでいるのか頭も痛い。

なぜいきなりこんな行動にでたのか謎だが、今はなんとかしてこいつを剥がしたかった。

「痛たたた、爪、爪が、痛いって!」

状況を把握したらしい名前は赤い顔のまま、なんとか俺の下から抜け出そうとしている。
自分が先に起きないとと思った俺は身を起こし――自分が落とされないように判断したのか――更に爪を食い込ませる結果になった。

「~~~~~ッッ!!」
「く、久々知くん、待って、今」

よろよろしながら俺の後ろに回る名前がゆっくり猫を剥がしにかかる。
離すものかと言いたげに、四肢の爪が鋭くなった気がした。

「痛い痛い痛い!!」
「ああああ…ごめん、ごめんね!」

名前が悪いわけじゃないのに、なぜか謝ってくる彼女を心配させたくなくて、声を堪える。
猫を優しく宥めながら、名前は俺から猫を剥がしてくれた。

「――あ」
「…………なんでだ」

背中をさすりながらあぐらをかく俺の膝上に猫が丸まる。
名前はそれをじっと見てから、薬を取ってくると医務室へ向かってしまった。

「――……お前のせいだぞ」

いいところだったのに。
少しばかりムッとして猫の背中を逆撫ですると、ゴロゴロ喉を鳴らすのが聞こえた。





「久々知くん、傷薬貰ってきたよ。背中見せてもらってもいい?」
「え」
「ん?」
「いや、やってくれるのかと思って」
「だって背中じゃ自分でできないでしょ」
「……そうだな。痛!?」
「どうしたの!?」
「ってー……引っ掻かれた……」
「……その子、やっぱり女の子なのかな……」
「え?」
「ううん、なんでもない!」
「?」





事情を知らない五年に爪痕をからかわれてイラッとしちゃうんだきっと。

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