秘訣は下心
「…………もー…だめ…」
筆を投げ出して、ばたっと机に顔を伏せる。
目を閉じても瞼の裏に数字と数式がぐるぐる回って、勝手に眉間に皺が寄った。
くす、と向かい側で久々知くんが小さく笑う。
呆れたかなぁと思いながら目を開けたら優しく頭をなでられた。
柔らかい手つきが嬉しくて、胸の辺りがほわっとあったかくなる。
(久々知くんの手には癒し効果があるよね…絶対…)
「名前、落雁があるんだ。休憩にしないか?」
「…うん、する」
優しい。
さりげなく差し出された甘いものに頬を緩ませると、久々知くんは微笑んで(つい見惚れてしまった)、「食べて待ってて」と言い残し、部屋から出て行った。
(…どこいったんだろ…)
遠慮もなく落雁に口をつけたところで、ようやく思い至る。
休憩で茶菓子ときたら、お茶に決まってる。
自分の気の回らなさに呆れつつ、久々知くんのスマートさを思い出してドキドキした。
「かっこいいよねぇ…」
「なにが?」
「わあ!?」
急にかけられた声に驚いて、持っていた落雁を強く握ってしまった。
当然ボロボロ崩れた欠片が手の中に…せっかく綺麗な形だったのに。
がっくり項垂れる私に、久々知くんは笑いを溢しながらお茶の乗った盆を机に置く。
それから懐紙を取り出すと私の手を引いて、そこに崩れた落雁を落とした。
「――で、何がかっこいいって?」
呆然と流れを観察していたことに気づいてハッとする。
顔を上げたら今度は手ぬぐいを取り出して、そのまま私の手を拭いてくれた。
「名前、聞いてるか?」
「はっ!え…その、久々知くんが…」
「俺?――はい、綺麗になった」
「そういう、さりげないところが…かっこいいなって……あの、ありがと…」
なんだか小さい子になったみたいで恥ずかしいのに、嬉しいと思ってしまう。それがまた恥ずかしい。
段々顔が熱くなっていくのがわかって、綺麗にしてもらった手を意味も無く開閉させた。
ふと私の手を掴む久々知くんの力が強くなる。
なんだろうと視線をやると、久々知くんは頭を下げて私の手のひらに口付けを落とした。
「え、な、なん…!?」
「名前がもっと駄目な子ならいいのに」
「ええ!?」
口付けられたところや、久々知くんが触れてる部分が熱をもっている気がする。
それを感じながら、久々知くんの衝撃的な発言に驚いて、思わず彼を凝視した。
どういう意味だろう。
問いかけるつもりでじっと見れば、久々知くんはふっと軽く笑って「冗談」と溢した。
「お茶にしようか。冷めるしな」
曖昧なまま流されてしまったけど、なんとなく気になった。
淹れてもらったお茶を飲む合間にそっと盗み見る。いつもと違った様子はないみたいだけど――
「…名前、そんなに見られたら我慢できなくなる」
「ぶふっ」
「あーあ…」
「げほっ、げほ…気づいて、」
「名前はわかりやすいし、俺も気にしてるから…気づかないほうがおかしい」
お茶が変なところに入って咽る私の横で、背中を叩く久々知くんの手には手ぬぐい。
世話をかけっぱなしで、かっこ悪いことこの上ない。
苦しくて涙目になっていた私の咳が落ち着くころ、ふいに抱き締められて驚いた。
「久々知くん?」
久々知くんが小さくなにかを呟く。
聞き返そうとしたのに、久々知くんはそのまま私の口を塞いでしまった。
「兵助…なんでこんなに落雁ためこんでんの…」
「名前と食べるんだ」
「いや、飽きるでしょ。さすがに」
「俺はそうでもないけど」
「兵助はね。それともなに、あーん、とかで飽きさせない工夫?」
「……。そうだな、明日はそうする」
「そっか…(なんか、ごめん名前)」
プチリク消化。
夢主が久々知にベッタベタに甘やかされてる話、でした。
あれこれ世話が焼きたい久々知。お菓子は名前さんのためにちょくちょく補充されてるといいな。勘右衛門はたまにそれをつまみ食いしちゃう。畳む
1641文字 / 2011.06.09up
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