カラクリピエロ

Please let me…


※久々知視点




穏やかな日の昼下がり、いつものように部屋を訪ねてきた彼女とお茶を飲む。
過ごしやすいね、とのんびり言う名前はにこにこ嬉しそうに笑いながら、湯のみを両手で包んだ。

「……名前のわがままが聞きたい」
「へ!?」

思いつくまま口にすると、彼女は大きく目を見開いて、ゆっくり二回瞬いた。
それから俺をじっと見てもう一度聞きたそうにするから、微かに笑って同じ内容を繰り返す。

「…どうしたの急に」
名前を甘やかしたくなった」
「ええ?」

くすくす笑って「なにかのご褒美?」と首を傾げる名前を見ながら、自分の隣を数回たたく。
意図を汲み取ってくれたのか、彼女は笑いを収めると照れくさそうに視線をうろつかせ、俺の横に座り直した。

触れるかどうかの微妙な距離に座る名前を見つめる。
名前はそわそわと落ち着かない様子で、両手を組み合わせては解くのを繰り返していた。

忙しなくうろつく視線が時々俺と絡む。かと思えばすぐに逸らされてしまうのが焦れったくもあり、どこか楽しくもあった。
思わず漏れた笑い声に反応してこっちを伺ってくる名前の顔が赤い。
伝染して、熱を持つ頬を自覚する。

緊張してるのは俺も同じだけど、それがありありとわかる彼女を前にすると少し余裕が出てくるから不思議だ。

それに、こんなに近くにいるんだから……名前に触れたい。
俺は自分の思考に忠実に、手を伸ばして彼女の肩を抱くと少し強めに引き寄せた。

「わっ」
「……好きだ」

勢いのせいか、足を崩して俺の膝に手を置くことでバランスを取っている名前に構わず言えば、ぴくりとその身体が震える。
黙りこくって片手で顔を覆う名前が「だから…なんのご褒美なの」なんて、ものすごく小さい声で呟いた。

独り言だったのかもしれないけど、しっかり聞きとった俺は余計に名前が愛しくなって、頭を寄りかからせて笑った。

抱えなおした名前は俺の肩に額をつけながら微かに唸っている。
相変わらず緊張したままでちっとも俺の方を見ないのが少し不満だけど、意識してくれてるんだと思い直す。

「なにかないか?」
「急に、言われても…」
「じゃあ考えて」
「今!?」

ふと目に付いた彼女の髪を指先で遊ばせながら答えを待つ。
何度か指で梳いていたら、名前の背中がやけに小さく見えてきた。
考えるよりも先に両腕を回す。びくっと思い切り震えた名前が俺の耳元で微かな声を漏らした。

「…時間切れ?」
「え?いや、違うよ」

名前の反応が面白くてつい笑えば、彼女は俺の腕の中でもぞもぞ動き、不思議そうな顔でこっちを向く。
久々に目が合ったと思って見つめていると、名前は一気に顔を赤くして口をパクパクさせた。

ドクンと心臓が大きな音を立てる。
俺は咄嗟に目を瞑り、今にも崩れそうな理性をかき集めつつ、名前の肩に顔を伏せてゆっくり息を吐き出した。

「く、久々知くん?大丈夫?」
「……苦しかったら…言ってくれ」

少しずつ、少しずつ、名前を抱き締める力を強くする。
合間に名前が途切れがちな了承の声を寄越す。
こんなはずじゃなかったのに。

(俺が名前に甘やかされてどうするんだ)

自嘲気味に笑いがこみ上げてきたけれど、今名前を放す気はない。
小さくて、細くて、緊張で僅かに強張っているけれど柔らかい身体。
両腕の中にすっかり収まってしまうそれをぎゅうぎゅうと抱き締めれば、けほ、と軽い咳が聞こえた。
ハッとして慌てて力を緩める。

名前、苦しかったら言えって――」
「そ、そうなんだけど…それどころじゃなかったっていうか…」

赤くなってしどろもどろに呟かれた「久々知くんだから」の意味がわからない。
それは俺がちゃんと加減すると信じてるってことか?

「違、ううん、久々知くんのことは信用してるけど、そうじゃなくて、ドキドキして何も考えられなくなるというか…………なんか、私、恥ずかしいこと言ってない!?」
「…………」
「久々知くん、何か言って!」

俺の装束を掴みながら詰め寄ってくる名前は、今は発言による羞恥心の方が大きいらしい。
――俺は、嬉しいけど。

焦ったような、困ったような顔をする彼女に笑って、言葉の代わりに抱き締めた。

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