カラクリピエロ

許容範囲と限界点

※不破視点




それは、いつもと同じように皆で食事をしようとしていた時だった。
僕はいつも通り定食メニューで迷って、兵助は豆腐料理のあるものを、他三人は気分、名前は僕たちよりも少し軽めに。

そうして出てきた膳を受け取ろうとしていた名前は、いきなり悲鳴をあげて視界から消えてしまった。
代わりに見えたのは溜め息をつく中在家先輩と、七松先輩の背中。

“?”が沢山浮かぶ中、やっぱりと言うべきか、いち早く正気に戻ったのは兵助だった。

「あの、七松先輩、なにを…」

問いかける兵助に向き直る七松先輩の小脇には名前が抱えられていて、「痛いです!」と半ば叫びながら先輩の腕を叩いている。

「久々知、先輩命令だ!名前を貸せ!」
「なっ、」

笑みを浮かべた七松先輩は絶句する兵助(と僕ら)なんてお構いなしで、しかも返事なんて聞く気もない様子で食堂のおばちゃんに定食を注文していた。

「七松先輩、離してください、私は、これ、から、食事、を…!」
「わかったわかった。長次これ持ってくれ。わたしは名前のを持っていくから」
「そ、そうじゃな、引きずらないでください!!」

名前は力いっぱい抵抗してるらしいけど、軽快に笑い声をあげる七松先輩に敵うわけもない。

「七松先輩!」
「ん?なにか文句でもあるのか?」
「っ、」

先輩は相変わらず笑顔で、だけど振り返った時には雰囲気が全く違っていた。
気を抜いたら次の瞬間には喉元に刃でもあてられるんじゃないかと、そんな錯覚に陥る。
兵助だけでなく、僕らも先輩に気圧されて押し黙ってしまう。

「…小平太…食堂で殺気を出すな…」

ため息交じりに七松先輩を呼んだ中在家先輩が言う。
次いで僕の方を見て短く謝罪を口にした先輩に、咄嗟に「いえ、大丈夫です」と返してしまってから気づいた。

「…ごめん、兵助。許可しちゃった…」
「先輩には逆らえねぇよなぁ」

ぐっと言葉を詰まらせたままの兵助に謝ると、八左ヱ門が仕方ないと言いながら肩を叩いてくれた。

「兵助、呆けていてもどうにもならないだろう。見える位置と見えない位置、どっちにするんだ」

三郎が適当に決めたらしい定食を僕に渡しながら、顎で席を示す。
名前は七松先輩に連行されて、先輩の隣に座らされているところだった。

「――いっ、手加減してください!」
名前は本当に柔だなぁ」
「先輩が強すぎるんです」
「……、……」
「なんだ、長次は名前の味方か?」
「っていうかなんで私真ん中なんですか、変わってください!」
「駄目だ。そうしたらお前、わたしたちじゃなくてあいつらとしゃべるだろう」
「元々私はそうしたいんです!!」

果敢に七松先輩に抗議している名前は、それを軽く流され、中在家先輩に宥められ、不機嫌そうに席に収まった。

僕たちは自然とその隣のテーブルに座り、食事を始める。
みんなして無言になってしまうのは、不機嫌な空気を隠そうともしない兵助のせいだと思う。
チラっと見てみたら眉間に皺が寄ってるし、好物の豆腐にもあまり手をつけていない。

名前はもっと食べたほうがいいって言ってるだろう?」
「食べてます!それに過剰摂取して太っても困、うわっ、な、にするんですか!触らないでください!」
「わたしはもっとふくよかな方が好みだ」
「先輩の好みとか果てしなくどうでもいいです」

ミシ、と変な音が聞こえた。
恐る恐る音のしたほうを見れば、兵助が小刻みに震えている。

「兵助、動物だと思えば!」
「そうそうそう、じゃれてるだけだと思えば、どーってことないだろ!?」
「…れだって…」
「え?」
「俺は、これでも名前の意志を尊重してるつもりで、我慢だってしてるんだ。なのに七松先輩は」
「わかった。わかったからちょっと落ち着け、な?」

ありえない角度に曲がっている箸を握りしめる兵助の両側で、勘右衛門と八左ヱ門が冷や汗をかきながら宥めにかかる。
三郎は三郎で「やるなら協力するが」と、とても食事中とは思えない台詞を口にした。

「三郎、煽らないでよ」
「いいじゃないか、名前も助けてほしそうだし」
「……薬、」
「は?」
「雷蔵、これ」
「え?」
「そこからなら入るだろ」

兵助、目がやばい。
そっと手渡された丸薬を呆然と見てしまう。ぼそりと「無味無臭だから」と呟かれて思わず息を呑んだ。
…っていうか僕?もしかしてさっきのやっぱり怒ってる?

七松先輩はともかく、中在家先輩に気取られることなくできるだろうか。

やれ、と目配せしてくる兵助は目が据わってて、勘右衛門と八の宥めが全然効いてないのがわかる。
固まって動けなくなった僕の肩を軽く叩いた三郎は、なんだか楽しそうに笑っていた。

「私が変わろうか?」

実行しないって選択肢は用意してくれないのかなぁ。
なぜか乾いた笑いが勝手にこぼれるのを、どこか他人事のように聞きながら丸薬を握りしめた。





「…不破…」
「は、はい!な、なんでしょう、」
「…………」
「え!?あ、う、……はい……」
「なんだって?」
「“小平太には効かないからやめておけ”だって」
「……」
「兵助、顔怖いから!」





プチリク消化。
名前さんに対してスキンシップが多い小平太との様子を見て、我慢しようとして結局出来ない久々知、でした。畳む


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