カラクリピエロ

緊張を誤魔化す方法


※久々知視点




名前の様子がおかしい。
会話の途切れた瞬間、食事の合間、ふと影を帯びる表情を見せる時がある。
気のせいかと思ったが、それなら俺の勘違いで済む話で、確かめても問題ないはずだ。

名前、どうした?」

どうやら彼女の異変に気づいたのは俺だけだったらしく、声をかけたら四人ばかりでなく名前まで驚いた顔で俺を見た。

「え、私、変?」
「…変というか…気になることでもあるのかと思って」

名前は目をパチパチさせて俯きがちに自分の頬をこする。
おかしいな、と呟くのを聞いて俺の疑問が間違ってないことを知った。

「なんでわかったの?」
「ずっと見てたからな」

ぱっと赤くなる名前が息を呑む音と、周りのため息が重なる。
別に変なことは言ってないのに、俯きがちにお礼を言ってくる名前の赤面につられた。

「それで?何が気になるの?」

黙り込んだ俺たちに焦れたのか、勘右衛門が口を挟む。
名前はまだ少し色づいた顔のままぎこちなく頷き、大したことはないんだけど、と前置いた。

「放課後にね、実技の追試があるの。それ落ちたら先生と対面でみっちり指導あるから…」
「追試ってお前…」
「色?」
「ち、違う、今回は!」

八左ヱ門の呆れに雷蔵の問いが続く。
首と手とを急いで振る名前が慌てたように言うと、三郎が喉で笑いながら「今回は、な」と呟いた。
俺は内心ホッとしたけれど、気づかれてはいないようだ。

「よかったね兵助」
「…………」

――訂正。名前には、気づかれていないらしい。

こんな、課題の内容にさえ振り回されることになるなんて。
しかも自分が関わらない物なのに。
少し前の俺からは考えられない。

「…練習したから大丈夫だとは思うんだけど、本番は緊張しちゃって」

苦笑して「情けないなぁ」とこぼす名前に手を伸ばす。
テーブルに置かれた彼女の手に自分の手を重ねるとわずかに目を見開いてこっちを見た。

「そんなことないよ」
「そ、かな…」
「うん。俺だって本番は緊張するし」
「久々知くんが?」
名前は俺を美化し過ぎだ」

俺の台詞に納得顔で同意を示す四人に、反論はしないもののどこか不満そうな名前に思わず笑う。

――彼女のそれが気恥かしい反面、少し嬉しかったりもするんだ。

「合格したらご褒美ってのはどうだ?」
「八左ヱ門の提案は突拍子もないな。だいたいそういうのは追試ではなく、本試験のときにやるものだろう」
「だってもう追試だっつーんだから仕方ねぇだろ」
「でも、それいいかもしれないね。名前、兵助にお願いしてみたら?」

にこにこしながら雷蔵があっさり言う。
ぎょっとしたのは名前だけじゃなくて、俺もだ。気づいた勘右衛門が笑うのを見て、軽く咳払いをした。

「…別に、俺はいいけど」
「え、そんなあっさり…いいの?」
「おれもご褒美欲しいなー」
「俺も!」
名前にだけだ、決まってるだろ」
「…………ほんとに、大したことない話だったのに」

ぽつりとつぶやいた名前を見れば困ったように微笑んでいる。
いらないのかと聞けば即座に「欲しいです」と返ってきて笑ってしまった。

「何が欲しい?」
「ここはやっぱり抱擁だろ」
「いや、それより口づけじゃねぇの?」
「ちょ、ば、何言ってんの!?」

顔を真っ赤にして立ち上がった名前が盛大にテーブルをたたく。
何度も繰り返されるそれに、三郎と八左ヱ門のにやり笑いはますます深まった。

「兵助は怒らないの?」
「あいつらには言っても無駄だろ。それに、俺に損はないからな」

雷蔵に返すと少しの間をおいて、なるほどと頷かれた。
相変わらず名前は真っ赤なまま二人に律義な反応を返している。
それに割り込んで名前に声をかけると、彼女は視線をうろうろさせて静かに座りなおした。

「べ、別にね、嫌なわけじゃないの」
「ん?うん」

いまいち理解しきれていないものの、相槌を打つ。
ニヤニヤしている三郎と八と、それに勘右衛門も加わっていることが若干気になったが、名前に先を促した。

「あの、は、恥ずかしいだけで…………すき、だから」

両手を膝の上に乗せているらしい名前は俯きがちで真っ赤で、今にも消えそうな声で…言い終わる頃にはテーブルに頭を伏せていた。

「つーか、そこまで言えって言ってねぇよ!」
「聞いてる方が恥ずかしいな」
「二人が促したくせに」
「自業自得だよね」

四人の会話が聞き終わるころには俺も名前の台詞の意味を理解していて、だけど何も言葉が出てこない。
脳が茹ってるんじゃないかと思うくらい、顔も頭も熱かった。

「…………ご、ご褒美」
「う、うん。決まったのか?」

整理がついたのか、それとも黙り続けていることに耐えきれなかったのか。
ぎこちなく顔をあげた名前が口にするのに合わせて見返す。
小さく呟かれたそれが聞き取れなくて、悪いけどもう一度と指を立てた。

「褒めて、ください」
「うん」

些細な願い事に続きがあるのかと待ってみたら、きょとんと不思議そうな顔をされてこっちが驚く。

「そ、それだけか?」

それは褒美というには余りにも小さすぎないか。
別に買い物とか食べ物とかでもいいのに。
言うと、名前は口元に手をやって考え込む様子を見せた後、それなら、と視線を上げた。

「…………頭、撫でてくれると嬉しい、かも」

名前は少しこいつらの図々しさを見習ったほうがいいと思う。
真剣に言った俺に、名前はくすくすと楽しそうに笑った。

+++

追試験の少し前。
緊張した顔の名前が装束の胸元を握り、ぶつぶつ言いながら動作をシミュレートしている。
それを和らげる方法はないものかと考えて、自分の両手を差し出してみた。

「久々知くん?」
「手、貸して」

おずおず差し出される手をそっと包み、ゆっくり握りしめた。

「たくさん練習したんだろ?」
「…うん」
名前なら…絶対大丈夫だ」

ぴく、と彼女の手が震える。

「俺もついてるし」
「ご褒美?」
「ああ」

緩やかに笑顔に変化する表情をじっと見て、笑い返す。
微かに色づく頬で、がんばると口にする名前の手をそっと離した。

「がんばれ」
「うん、行ってくるね!」

大きく腕を振る名前を見送る。
いつ頃終わるのか、真っ先に知らせに来てくれるように言えば良かったと思っていたら、両側からガシッと肩を掴まれた。

「いっちゃいちゃしやがって」
「そうじゃないでしょ八。待つよりさ、覗きに行かない?」

勘右衛門の誘いに迷う暇もなく、早く来いと三郎の声がする。
見つかったら怒るかな、と苦笑する雷蔵の台詞に、絶対見つかるわけにいかないと返した。





「――苗字さん合格!」
「…………や、やったー!」

『帰るぞ』
『兵助、ぎゅーってしてかないの?』
『後で』
『あ、するんだ』

苗字さん、お迎えが来てるわよ」
「お迎え?」
「ね、五年のみなさん?」

『だよなー…』
『山本シナ先生を誤魔化せるわけなかったな』
『もう矢羽根やめていい?』





プチリク消化。
「がんばれ、俺がついてる」と名前さんを励ます久々知、でした。
畳む


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