※久々知視点
「耳かきって難しいよね」
「そうか?」
歩きながらの唐突な話題に反射的に返しながら名前を見ると、彼女は少し離れた場所で騒いでいる一年生へ視線をやって小さく笑ったところだった。
つられてそっちを見ると、集団に向かって注意しながらなぜか一年生の耳かきをしている土井先生が目に入った。
――名前の唐突な問いはあれが原因か。
「入学したばっかりのころは自分でやるの怖くて、仲良しの先輩にお願いしてたな」
懐かしい、と笑う名前の話から幼い彼女を連想すると微笑ましい。
「今は?」
「さすがに自分でやるよ…」
そう言って視線を泳がせたあと、ごく小さい声で「ヘタだけど」と付け足すものだから、可愛くて思わず笑ってしまった。
なるほど、それで難しいなんて言ってたのか。
「俺がやってやろうか」
「…………え?」
「耳掃除」
足を止めてしまった名前の手を引いて部屋に戻る。
道具はどこに仕舞ったんだったか、と抽斗を漁る俺の背中に、彼女の戸惑う声が届いた。
「あー、えーと、久々知くん?」
「ん?確かここに…あったあった」
戸口で棒立ちしている名前を手招いて膝を叩くと、目元を覆って小さく首を振り、何故か謝罪してきた。
「ごめん、私が変なこと言ったからだよね。全然、全くそんなつもりはなくて」
「いいからほら。大丈夫だ、痛くしないから」
あからさまに“遠慮したい”と雰囲気に滲ませる名前を無視して、近くに来るよう催促する。
かすかに唸り声を漏らした名前は、意を決したようにぐっと顔をあげ、勢いよく俺の傍に正座した。
「実は、昨日掃除したばっかりでして」
「そうか」
「そう。だから特に必要は無…ちょっ、聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる」
「聞いてないよね!?」
妙に真剣な様子で畏まる名前の頭巾を外して腕を引き、横たえさせる。
起き上がろうとした肩をやんわり押さえると、困りきった顔がこっちを向いた。
「……ほ、ほんとに?やるの?」
その問いに笑顔を返すと、名前は途端に顔を前に戻して自らの手で耳を塞いでしまった。
どうでもいいけど膝の上で動かれると案外くすぐったいな。
「名前、手が邪魔だ」
「無理です」
「優しくするって」
「だ、だから、そういう問題じゃなくて」
「俺がしたいんだ」
手持ち無沙汰に名前の前髪に触れながら、人間の頭って結構重量あるものだなと関係ないことを考える。
うっかり授業内容の方へ飛びそうになった思考は、名前に膝を抱え込まれたことで呼び戻されてしまった。
「ほんと、ずるい」
俺が咄嗟に口を塞ぐのと同時に名前が呟きをもらす。
羞恥心から顔を伏せたかったのかもしれないけど…こっちが予想できない行動に出る名前にだけは言われたくない台詞だとも思った。
「…名前?」
「ちょっとだけだからね」
観念したらしい名前が手を外す。
不満そうに眉根を寄せながら俺を見上げて小さく溢す彼女の顔は赤くて、俺はわかったと返すので精一杯だった。
「そんなに硬くならなくてもよくないか?」
「だ、だって、やってもらうの久々で…ちょっと怖い」
身体を強張らせたまま、名前は俺の言葉に律儀に返事をしてくる。
そういうものかと相槌を打つ俺に、彼女はかすかに身じろいで振り返る様子を見せた後、手のひらを丸めた。
「久々知くんは、誰かに、その…」
「ん?」
「してもらったこと……ある?」
じわじわと赤く染まり、熱を持ち始める名前の耳は彼女の気持ちを如実に表しているようで、それを見た俺はなんだかくすぐったい気分になった。
別に名前に見られているわけじゃなかったのに思わず視線を泳がせる。
「……無いよ」
「そ、そっか!」
俺の答えを聞いて嬉しそうに表情を緩ませる名前に言葉をかけようか迷う。
これは俺から催促してもいいってことじゃないのか?
やる側も案外楽しいけれど(主に名前の反応が)、男としてはやっぱり――
「後で、交代、したい」
…………聞き間違いじゃないよな?
ぽそぽそと、赤い顔の名前からぎこちなく発せられた言葉を確かめたくて、俺は名前の身体を仰向かせて顔を覗き込んだ。
「っ、な、なに…?」
「いいのか?」
「久々知くんこそ…その、私…ヘタだけど…」
そんなの全然気にしない。
忙しなく瞬きしながら言う名前に笑いながらそう返して、俺は熱が上がったらしい彼女の頬に自分の手の甲で触れた。
「…綺麗だな」
「だから必要ないって言ったのに久々知くんが…ひぁっ!?」
「あ、痛かったか?」
「ちが…いきな、り、くすぐった…ちょ、ちょっと!タイム!」
「まだ全然堪能してないんだけど」
「む…無理!無理無理無理!!っていうか堪能って何!?」
「この体勢って俺に有利だよな」
「不穏な発言やめて!」
リラクゼーション?
1998文字 / 2011.03.07up
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