カラクリピエロ

憎みきれない憎らしさ


――この日の私は不運だったとしか言いようがない。

友人との待ち合わせでたまたま食堂に居残ってた私は、たまたま後ろに座っていた忍たまの会話を何の気なしに聞いていた。ただぼんやりと音を拾っていただけで、聞き耳を立てていたつもりは毛頭ない。

「――作ったってお前……よく学園長先生が許可したな」
「渋るどころか乗り気だったぞ」
「委員はどうすんだよ。道具は、部屋はどうした?」
「お前はいちいち細かいな。どれも問題ない……ああ、ただ、くのたまを入れようと思っている」
「はあ!?なんでわざわざ」
「便利だからだ」

さらりと言い切る忍たまの台詞に、目をつけられた子は大変だろうなと思った。
くのたまの委員会参加は強制じゃないから、よほどのことがない限り避ける。関わりすら持とうとしない子がほとんどだ。

(まず面倒くさいしね)

お茶を啜って、待ち人はまだこないのかと戸口を振り返ろうとしたら、いきなり隣に人が座ったものだから驚いた。
緑青色の忍装束…忍たまの六年生だ。色白いなとか、髪綺麗だなと感想を持ったところで「少々尋ねたいのだが」と微笑みを寄越された。
その声を聞いて後ろに座ってたのはこの人かと思いながら、当たり障りなく返事をする。

「なんでしょうか」
「今の話を聞いていただろうか」
「くのたまがどうのって話ですか?」

優しげな微笑みと柔らかい声音で聞かれ、特に何も考えず答える。目の前の六年生は頷きながら「お前に決めた」と言って私の顎を人差し指で持ち上げた。

「な、なにするんですか!」

咄嗟に手を振り払う。パシ、と軽く音がしたけれど、どう考えても相手が失礼だ。
私の行動に僅かに目を見開いていた六年生は、直後なぜか嬉しそうに笑った。
嫌な予感に席を立つ。そのまま逃げようとしたのに、腕を掴まれたせいでできなかった。

「ちょっ…、離してください!」
「ふむ……活きもいいな」
「おい仙蔵、くのたまに強制はできねぇって知ってんだろ?」
「無論だ。なに、問題ない――私は六年い組の立花仙蔵。先日新しく立ち上げた作法委員会の一員としてお前を迎えたい」

微笑みを浮かべたまま、立花仙蔵先輩とやらの口から出てきた言葉が脳内をぐるぐるまわる。
目をつけられた気の毒なくのたまが、まさか自分だなんて、信じたくない。

名前も知らない相手に何を言ってるんだろうこの人は。そもそも作法委員会てなに。お茶お華の世界なんて授業だけで手一杯なんですが。

「茶道や華道ではなく、戦の作法を学ぶための委員会だ。用具は元々あったものを用具委員から引き継いだ。くのたまを勧誘しようと思ったのは化粧道具や着物の調達に融通が利くと思ったからな」
「聞いてないことまでありがとうございます。くのたまがいると便利だって言ってたの聞いてましたから、今更取り繕ってくれなくてもいいです」
「…それより座ったらどうだ、まずは名前を聞かせてもらわなくては」

なんだかさっきよりも嬉しそうに見えるのはなぜだろう。
にっこり笑う立花先輩は私の隣に腰を落ち着けてしまったようで、後ろのテーブルからわざわざ湯のみを持ってきた。

「仙蔵、俺は先に戻るぞ」
「ああ。文次郎、ついでにこれをもっていけ。作法の予算案だ」
「…チッ、全部通ると思うなよ」
「同室のよしみでなんとかしてくれ」

立花先輩から紙の束を受け取った六年生は「寝言は寝て言え!」と言い捨てて食堂から出て行った。
笑いながらそれを見送った立花先輩が私に向き直る。
友人はまだ来ないんだろうか。今すぐここに現れて私を連れ出して欲しい。

「さて、」
「せ、せっかくのお誘いですが!私は、委員会に入る気はありません!くのたまが必要なら別の子を当たってください!」
「……どうしても?」
「どうしてもです!」
「………………わかった」

ゆっくりと目を閉じて、指を組んだ立花先輩は小さく溜息をついた。
思ったよりもあっさり引いてくれたことに安心する。

「――ならば、別のくのたまが来るまでの繋ぎとして頼めないか?少しの間だけでいい、私の手伝いをして欲しい」

作法委員会は出来たばかりだという話だったけど、そんなに忙しいんだろうか。
逆に出来たばかりだから大変なのかな、と立花先輩の話を聞きながら深読みしてしまった私は「手伝い程度なら」と了承してしまった。

後にして思えばこれがいけなかったんだと思う。立花先輩の“便利だから”をここで思い出すべきだったのに。

「ごめんね名前!遅くなっ……あら、お邪魔だった?」

食堂に飛び込んできた友人は、謝罪の形に合わせていた手を口元に当てて、ニヤニヤしながら足を止めた。
何言ってんの、と呆れ混じりに溜息をつく私の横で、立花先輩がふっと笑う。

「……名前、か。感謝する」

その呟きになぜかゾッとした。なんだろうこの、うまく言えない感じ。
お礼を言われてるはずなのにいまいち実感できない。

名前、今日の授業終了後、くの一教室の敷地入口に来てくれるか。顔合わせがあるからな」
「…顔合わせ?私もですか?」
「たとえ短期間だとしても作法委員になるんだ、それくらいいいだろう」

そんなものかなと納得しきる前に、立花先輩はまた後でと言い残して席を立ってしまった。
友人は立花先輩を知っていたようで、どんな話をしていたのかとやけに積極的に聞いてきた。早速勧誘の機会が訪れたと思ったのに、委員会の話だと知った途端友人はあっさり「面倒だから嫌」と満面の笑みで断った。酷い。

「……逃げずに来たか」
「約束しましたから。もし逃げたらなんだっていうんですか」
「いやなに、逃げても無駄だと思い知らせるのもいいなと思っていただけだよ」

示し合わせた時間と場所で、開口一番それはどうなんだろうと思ったりもしたけど、笑顔で紡がれた追い討ちの台詞のほうが問題だった。

(この人、代わり探す気全然ない…!)

手伝いすら了承するべきではなかったんだと、このときに気づいた。

「さあ、行くとしようか。空き教室を一つ、用具委員長が善意で作法室として整えてくれた」

――本当に“善意”だったのか疑わしい。
なかなか快適だぞ、と嬉しそうに言いながら前を歩く先輩は私がついてこないなんて思ってもないらしい。
確かに逃げ出せないんだけど――

「………………私は、ただの手伝い要員ですからね」
「ん?承知しているが、どうした」
「一応、念押しです。立花先輩は勝手に委員扱いしそうなので」
「そんなことか。手伝いを申し出てくれたくのたまをどう使おうが私の勝手だろう」

堂々と言い切られて思わず固まってしまった。
勝手なわけない。
手伝いを申し出たのだって立花先輩に頼まれたからなのに。

「どう手伝うかは私が決めます!立花先輩の勝手にはなりません!」
「…とりあえずはそれで構わん」
「とりあえずも何も長居する気は――」
「ああ、そうだったな。だが別のくのたまが来るまでは、作法委員会にいてくれるんだろう?」
「な……!!ぜ、絶対、私が他のくのたまを連れてきますからね!!」

指を突きつけて宣言したのに、立花先輩は全然気にした風もなく「元気がよくて何よりだ」と楽しそうに笑う。
ものすごく悔しい。

「少しの間って言ったくせに…」
「さて、どうだったか」
「言いました!」
「忘れたな」
「都合のいい記憶力ですね」
「どちらにしろ、名前が代わりを連れてきてくれるんだろう?ならば期間は名前次第じゃないか」

――この台詞で、立花先輩は他のくのたまを勧誘する気皆無だと確定してしまった。

だけど友人に聞いたところによれば、立花先輩は有名人で一部のくのたまにモテるらしいし、代理なんてすぐに見つかるだろう。

そう思っていたのに、委員会の手続きが完了する前に『やっぱりやめます』と宣言されて元通りということが数回。
途中から作法の話を出しただけで拒否されるまでになってしまった。
そうこうしているうちに私自身がまぁいいかって気になって(周りに作法委員だと認識されてたのもある)今では愛着まで持ってしまっているんだから不思議だ。

名前、間抜けな顔で呆けてないでさっさと準備をしろ。今日は海まで行くと言っただろう」
「間抜けな顔は余計です!……思い出を振り返ってたんですよ。なんで私、作法委員になったんだろうって」
「他のくのたまを勧誘できなかったからだろう?」
「それもありますけど…っていうかおかしいんですよね、なぜかモテる立花先輩の名前出したら何人か引っかかってくれたのに……いたたたたっ、痛い痛いです!」
「その辺の輩には全て辞退してもらったからな」
「その口振り……わざとってことですか!?」
名前にするように接しただけだ。それに、原因は私だけじゃないと思うが」
「初耳なんですけど」

…………理想と現実の違いに耐えられなかったんだろうか。ありそう。
さらに立花先輩だけじゃないってどういう意味だろう。

「まさか、罠満載の大歓迎でもしたんじゃないですよね!?」
「あいつらがお前じゃないと嫌だと言うんだからしかたあるまい」

言いながら、立花先輩が視線をやる先には作法委員のみんながいる。
否定されなかったということは、大歓迎しちゃったのかもしれない。
その歓迎を受けたくのたまはとても可哀想だと思うのに……そんなことを言われたら怒れなくなる。

――あの日の私は不運を嘆いたけれど、今はその不運に感謝したいと思ってる。絶対、口には出せないけど。

「なんだそのおもしろい顔は」
「立花先輩はものすごく失礼ですよね!!」
「私なりに可愛がっているつもりなんだが」
「もっとわかりやすく可愛がってください」
「……希望通りにしてやってもいいが、逃げるなよ?」
「あ、やっぱりいいです、遠慮します。今までどおりで結構です」
名前はいたぶられるのが好きだものな」
「誰がいつそんなこと言いましたか!!」





仙蔵との出会い編。

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