カラクリピエロ

君のとなりでねむりたい

※久々知視点




「こんにちは久々知先輩」
「え、平…?」
「こちらに苗字先輩はいらっしゃいますか?」

戸を開けた先の珍しい来訪者の姿に驚いた俺は、その来訪理由を聞いてもう一度驚くことになった。
平がわざわざ名前を探して俺の部屋に来るというのは、どう受け止めればいいんだろう。
――確かに彼女は遊びに来ていたところだけれど。

「久々知先輩?」
「あ、悪い、ちょっと待ってろ。名前
「ん?え?私?」

頷くと名前は甘味に伸ばしかけた手を止めて、お茶を一口飲んでから立ち上がった。
不思議そうにしていた彼女は平の姿を認めた途端「滝夜叉丸!」と声を弾ませる。

「どうしたの?まさか…」
「ええ、とりあえずですが。一応、苗字先輩の意見も聞こうと思いまして…その、できるだけ手直しもできますし…」
「わあ、ありがとう!」

俺だけが理解できない会話が進行して行く。
わざわざここですることかと平に文句を言いたくなった。
別に邪魔されたのが苛立たしいとか、名前がやけに嬉しそうなのが気に入らないとか、そういうんじゃないからな。

「それでこれなんですが…」
「ま、待った!滝夜叉丸、ちょっと待って。久々知くん、私ちょっと行って来るね!」
「え!?」

すぐ戻ってくるからと笑顔で言い残し、名前は躊躇う平を強引に押し出した。

「な、なんですか苗字先輩!別に見られて困るものではないでしょう!」
「…女心の問題」
「はぁ、そういうものですか…?」

行って来ると言った割りに部屋のすぐ傍でやり取りをしているようで、会話は筒抜けだ。
名前は隠す気があるのかないのかよくわからないが、平の持ってきた物は俺に見られたくない物らしい。
先ほどのやり取りからして、平の手作りの品であることは間違いないと思う。

「――わぁ…!すっごくかわいい!滝すごい!天才!」
「はっはっは、まぁそれほどでもありますが!」

この平滝夜叉丸の手にかかれば、から始まった長々と続く口上の合間に、興奮気味の名前が「うんうん」と適当に相槌を打つのが聞こえる。

「ありがとう滝夜叉丸!大事にする!」
「……そこまで喜んでいただけると、私も作った甲斐があったというものです」

いつもの朗々としたものとは少し違う、落ち着いた声音で答える平に軽く驚く。たまらずに盗み見ると、平は風呂敷包みを抱き締める名前に笑顔を向けているところだった。
微笑ましい光景だが、はっきり言うと気に入らない。
だから、戻ってきた名前を戸口で待ち構えてしまったのも仕方ないことだ。

「…おかえり」
「わ!?」

自分でも出てきた低音に驚いたくらいだから、名前は俺以上に驚いただろう。
それについては申し訳ないと思うが、今はそれよりも名前の腕の中にある風呂敷包みの中身が気になった。
平の手作りで、可愛いもので、名前が大事にすると力説したもの。

俺の視線に気づいたのか、名前はぎこちなく「ただいま」と答えながら、それをサッと後ろ手に隠した。
そんなことをされたら余計気になるんだけどな。

「……、気になる、よね…?」
「うん」
「…………呆れたり、笑ったりしないって約束してくれる?」

隠した手前俺には見せる気皆無かと思っていたから、その返しは少し意外だった。
上目遣いで不安そうに見上げてくるのは反則だと思いながらも、了承の意で頷く。
名前は顔をほんのり赤くして、おずおずと風呂敷包みを俺に差し出した。

「絶対だからね!?笑わないでね!?」
「そんなに言われると逆に――……え?」

はらりと捲った風呂敷の中身はパペットだった。しかも、これは……たぶん、俺だ。

「うー…やっぱりあとで届けてもらえばよかった。嬉しくてつい…久々知くん?あれ?やっぱり勝手に人形つくられるとか嫌だった?ドン引き?」

おろおろしながら俺を覗き込んでくる名前がパペットを腕に抱える。
俺は頭が真っ白で、とりあえず不安そうな名前を抱き締めることで自分の気持ちを落ち着けようとした。

「…なんか、もう…なにを言ったらいいんだ俺は…」
「それは呆れて言葉も無いという意味で!?」
「いや、違う。というか、なんでパペット…」
「この前…文化祭のとき見た七松先輩のパペットがすごく可愛かったから……この大きさなら部屋に置いても邪魔にならないし、一緒に、寝られるし…いい夢見られるかなって……」

平に無理を言って作ってもらったと段々小さくなる語尾で告げられる。
――名前は俺をどうしたいんだろう。
理性を繋ぎとめるにも限界があるんだから、あまり煽らないで欲しい。

ふと聞き流しそうになったけれど、寝るのか。これと。
名前の両腕に抱えられているパペットをひょいと取り上げる。
驚きで目を見開いた名前は何度も素早く瞬いて腕を伸ばしてきた。名前の指先が届きそうで届かない位置を狙ってフラフラさせるが、もちろん取られるつもりはない。

「え…」
「…………」
「え?な、なんで、急に…………う、く、届、か、ない…!」

懸命に腕を伸ばしていた彼女の努力をふいにするように、パペットを後ろに放りながら不安定な姿勢だった名前を引き倒した。

「ひゃ!?わ、私の兵助パペットが…!ちょ、ちょっと、久々知くん!」

大事にするって言ったばっかりなのに、と憤る名前はパペットの行方を追うのに夢中らしいが、俺は予想外の不意打ちに顔を覆う羽目になっていた。

――なんだよ“私の兵助(パペット)”って。

引き倒したことで俺の上に乗っていた名前と体勢を入れ替える。
事態を把握していない彼女がゆっくりと瞬きをするのを見つめながら、さらに距離を詰めた。

「…本人じゃ駄目か?」
「ほん……、だ、だめだめだめ!」
「じゃああれは俺が預かる」
「なんで!?」
「人形に先越されるとか冗談じゃない」
「……久々知くん、お人形だよ?」
「だから、するなら俺にすればいいだろ」
「恥ずかしいから無理なの!私の身が持たない!だから代わりのお人形なんだってば!」

俺よりも人形との添い寝を選ぶ名前に、いっそ夜這いでもかけてやろうかと乱暴な考えがチラつく。
眼下では真っ赤になって顔を逸らす名前がか細い声で「はやく」と呟くものだから、引き寄せられるように身を屈めて口付けた。

「っ、ん……、いじわる!」
「なんで?」
「ど、どいてって、言ってるのに…」
「聞こえなかった」

名前が急かすなんて珍しいと思ったら『はやくどいて』が正解だったらしい。
まぁいいか、どっちでも。
益々赤くなった名前が口元に手をやるのを邪魔しながら、俺はもう一度顔を近づけた。





「久々知くん、それ私のなのに!」
「駄目、返さない」
「添い寝しないから!」
「それを俺が信じるとでも?」
「……最近久々知くんいじめっ子度数が上がってるよね……」
「気のせいだろ」
「絶対上がってる!」
「だとしたら名前のせいだな」
「まさかの責任転嫁!せっかく滝夜叉丸が作ってくれたのに!」
「それも気に入らない」
「もーーーー!!」





滝夜叉丸→パペットの二段構え。
滝夜叉丸は完成品を早く見せたかったので、くのたま長屋で名前さん呼び出し→「忍たま長屋の方に遊びに行ってるみたい」情報ゲット→久々知の部屋という順路を辿ってましたよって裏話。


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