カラクリピエロ

狂おしいまでに君がいとしい

※久々知視点




それは本当に偶然。
たまたま窓から外を見て、たまたま通りがかった名前を見かけて追いかけただけだった。
名前に声をかけようとしたけれど、もう一人別の気配を感じて足を止める。

「――あの、あなたが…?」

咄嗟に気配まで消したのは反射的なもので、盗み聞きをする気なんてなかった。
…すぐに出て行くつもりだったんだ。次のセリフを聞くまでは。

「来てくれてありがとう、苗字さん」
「う、うん」

答える名前の声から戸惑いが伝わってくる。
対する忍たまは名前を落ち着かせるように、「ごめん、驚いたよね」と穏やかに口にしていた。
なんだか妙にイライラする。
そう感じるのは相手の雰囲気がどことなく柔らかいからだ。

名前はくのたまの例に漏れず基本忍たまに厳しいが、一方で鏡のような面をもっている。好意には好意を返すし、敵意には敵意を返す……敵意については低学年を除くようだけど。

そういうところも含めて好きだと断言できるが、今この状況で返すのはやめてほしかった。
そんな俺の願いは虚しく、名前はあっさり「大丈夫」なんて優しく言ったわけだが。声音と空気で微笑んでると大体わかる。

「あのさ、俺、好きなんだ」
「……え」
「いつも苗字さんのこと見てたよ。君は気づいてなかっただろうけど…久々知や尾浜と一緒にいると楽しそうで、可愛いなって思ってた」

飛び出さなかった自分を褒めてやりたい。
カチリと手元で小さく鳴る金属を使わなかったんだからそれも。
ゆっくり深呼吸して、いつの間にか手にしていた手裏剣(反射って恐ろしい)を静かに懐に戻した。

「あ、あの、ご、ごめんなさい!私、久々知くんが」
「あー、いい、言わないで。わかるから。言ったよね、見てたって」
「ごめ…………ううん、違うね。嬉しかった、です。ありがとう」
「……うん。俺も、言えてよかった」

すぐに名前が俺の名前を出してくれたことは素直に嬉しい。
なのにこの言い表せない感情はなんなんだろう。
忍たま(口ぶりからして恐らく五年)の去って行くのを感じながら、全く動く気配のない名前の様子を伺う。
呆然と立ち尽くす彼女は装束をきつく握り締めて俯いていた。

わざと音を立てながら近づく。
俺を視界に入れた名前は驚いた表情をした後、笑おうとして失敗していた。
泣きそうに歪んだ顔を再び伏せて唇を噛む。

「…切れるぞ」
「あの人…ずっと、見てたって……」
「…………なんで名前が泣くんだ」
「やだな、泣いてないよ」

俯いたままの名前は頑なに答えるが、声が震えている。
彼女自身のためや俺のせいで泣くならともかく、あの忍たまのために泣くのは許しがたい。名前が優しいせいだとわかっていても。
手首をつかんで抱き寄せ、眦に口付ける。
びくりと震えた名前が瞬きを繰り返して、その瞳からは雫が転がり落ちた。

「や、離して!」
「今すぐ泣きやむなら」
「~~~~ッ、」

ゴシゴシ目をこする名前の腕を掴んで止めさせる。
すかさず「離して」と同じ言葉が飛んできたけれど、当然無視した。

「――好きだ」

抗議の視線を投げてくるのを見返しながら言うと、名前は文字通り固まった。
驚きで涙も引いたのか、瞬きと同時に零れて以降浮かんでこない。
濡れた睫毛は案外色っぽいなと思いつつ、引き寄せられるように眦へ唇で触れた。

「あいつより、俺の方がずっと名前のこと好きだよ」

まさに絶句といった様子を見せる名前に微笑みながら、いっそのことどこかに閉じ込めておければいいのにと思う。
真綿で包むように大切な箱にしまって、誰にも見せずにいられたら。
だけど、実行してしまったらきっと名前らしさを奪うことになる――だから、やらない。

「…それで、初めてか?」
「え、」
「告白されるの。初めて?」
「…………うん」
「そうか…何度目だ?」
「…久々知くん、こわいんですが」

わかりやすい嘘をつく名前が悪い。
でも名前に対して怒ってるわけじゃないんだから、そんなに警戒しなくてもいいのに。
小さく聞こえた報告に勝手に顔が引きつる。その度に一人で泣いていたのかと思うとやりきれない。

「…気持ちは嬉しいけど、やっぱり…久々知くんじゃないから…」

すまなそうにしながらもはっきりと言う名前が、俺にとって一番の強敵に違いない。
それを嬉しく感じながらも、やはり牽制は必要だろうなと考えながら名前をきつく抱き締めた。





「誰から見ても“俺の”ってわかるようにしたいんだけど」
「…………兵助、ばかなの?」
「豆腐=俺が成立するなら名前=俺も可能だと思う」
「……一応答えてあげるけど、名前=兵助は既に至るところで認識されてると思うよ」
「じゃあなんで呼び出されるんだ」
「それはさすがにおれの口からは言えないなぁ」
「…………楽しんでるだろ」





アドバイザー尾浜。ただし役に立つかどうかはアドバイザーの気分次第。

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