※竹谷視点
「竹谷の手って大きいね」
さっきからじっと何を見てるのかと思ったら。
名前はふいにそう言った。
「そっかぁ?別に普通だろ」
そう返しながら、思わず手のひらを頭上にかざして大きさを確かめる。見慣れた自分の手だ。いくら見ようと意味なんて無い。
「大きいよ、ほら」
「ん?」
名前がひらっと自身の手のひらを軽く振って俺に見せる。
腕を下ろしながらなんだと聞けば、更に手を近づけてきた。
「くらべっこ」
「…………お前そういうのは平気なんだな」
「竹谷だもん」
「どういう基準だ」
それは喜んでいいのか悲しむべきなのか、全くわからない。
ともかく大きさを比べたがる名前に倣って手をだすと、躊躇いもなく合わされた。
「ほらね?おっきいでしょ」
「名前の手がちっちゃいんじゃねーか?」
何故か自慢げに笑う名前に釣られて笑い返す。
名前の手のひらは俺の指の第一関節くらいまでしかない。指も細いしなんか柔らかいしで戸惑う。一年の手を見る機会も多いけど、それとは根本的に違っていた。
ふと思いついて名前の指の間を縫うように自分の指を滑らせてぎゅっと握ってみる。
びくりと震えた名前は忙しなく瞬いて手を引いた。俺が握ってるんだから無理なのに。
「お前って時々馬鹿だよな」
「竹谷に言われたくないよ!っていうか何!?」
「いやどんな反応するかなって。つーかお前動揺しすぎだろ、俺なら平気なんじゃねーの?」
「人を、おもちゃに、しな、いで、よ!こういうのは、違うんだ…ってば!」
「それ力入ってんのか?もっと頑張れよ」
「むかつく!」
もう片方の手で俺の指を外そうと奮闘する名前は必死で見てて面白い。
悪態を吐き出して俺を睨みつけると、ふっと力を抜いて目を閉じて、授業だの追試だのブツブツ言い出した。
何言ってんだと聞こうとした瞬間、空いていた手の甲を名前の指がツツ、と撫でた。
驚きすぎて何が起きたのかわからない。
反射的に自分の手を見て、名前の手から腕、顔へと視線が動く。真っ赤だ。
「ね……いい?」
俯きがちに小さく呟く名前にゴク、と喉が鳴った。
名前の指が離れる。その瞬間、チクリと痛みが――
「――ってぇぇええええ!!」
「ね、ね、私、今くのたまっぽかったよね?」
「っかやろ、んなことより何した!?」
刺すような痛みに患部を見ればぷくりと浮いてくる血の玉。
「針で刺した」
「毒は!?」
「しびれが少々。離してくれなかったら困るし」
いつの間に解放していたのか、両手が自由になっている名前はあっさり言う。
なんか指先の感覚なくなってきたぞ。
「くっそ…なにが“いい?”だよ、なにがいいんだよ!」
「……大丈夫?」
「ああ、あいにく正常だ。名前に引っかかるとかアホか俺は」
「そこまで言う!?ここは私を褒めるところじゃないの!?」
「あーすごいすごい。色っぽい」
「…………竹谷、手出して」
さっきの今で素直に出すわけねーだろ。
出し渋る俺なんておかまいなしで、名前は懐から薬包紙を取り出す。それを広げて中身を見せると「解毒剤」と簡潔に言った。
「おお、持ってんのか!」
「当然でしょ」
喜んだ俺に向かって過剰なほどにっこり笑う名前に、思わず顔が引きつった。
名前は広げたままの薬包紙を俺の手に乗せる。まだ自由に動く方の、手の、甲に。
「じゃあね、竹谷。放置しといても半日くらいで抜けると思うから」
「ばっ、ちょ、名前!」
引き止める声を見事に無視してヒラヒラと手を振ると、名前はそのまま姿を消した。
ヘタに動くと薬がこぼれる。針を刺された手の方はいくらか自由だが、指先がうまく動かないから、下手したら同じ結果になるのは確実だ!
――結局通りがかった雷蔵が助けてくれるまで、俺はそのまま動けなかった。
たわむれごっこ
1595文字 / 2010.12.01up
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