カラクリピエロ

やさしいやいば

※綾部視点




「喜八郎ー!」

遠く、呼ばれたことに気づいて顔を上げる。
丸く切り取られた青空と漂う雲。そろそろ昼過ぎだろうか。いい天気。
ザクと音を立てて鋤を土に刺し、穴から顔を出す。
声はしたのに姿は見えなくて、幻聴かなと思った。だから作業を再開しようと思ったのに。

「三木ヱ門、喜八郎見なかった?この辺で見かけたって聞いたんだけど」

――やっぱり気のせいじゃなかった。
先輩は僕から見えない位置(曲がり角の先だろうか)にいるようだ。通りがかった三木ヱ門を捕まえて僕を捜しているらしいことを言う。

「喜八郎なら……」

三木ヱ門がこっちを向いて指を差そうとするから、僕は両腕を使って頭上にバツをつくった。あ、驚いてる。

「なに?そっちにいるの?」
「え、ええと…わたしの見間違い、だった…みたいです…」
「…………本当に?」
「はい」
「……そっか、ありがとう。三木は友達想いだね」
「え!?」
「寝不足はお肌に悪いよー」

くすくす聞こえた笑い声で頭を引っ込める。
アイドルなんだから気をつけないと、と三木ヱ門をからかいながら、こっちへ近づいてくるのがわかった。
ふっと穴が暗くなる。見上げなくても誰かはわかったけれど、見上げずにはいられなかった。
――思ったとおり、楽しそうに笑う名前先輩と目が合った。

「みーつけた」
「今度は僕が鬼ですか」
「違う。今日はみんなでお茶しようって言っておいたでしょ?」
「不参加で」
「どうして」
「こっちのほうが楽しいから」

依然として薄暗い穴の中からそう言えば、名前先輩はむっと眉を寄せた。

「でも私は楽しくない」
「…………どういうことですか」
「やっぱり喜八郎もいないと。ね、行こう?」

不機嫌顔をあっという間に笑顔に変えて、僕に向かって腕を伸ばす。
これも拒否したらどんな顔をするかなと一瞬だけよぎったけど、気づけば僕は名前先輩の手を掴んでいた。

「――わがままですね」

なんとなく悔しくてそう言ったのに、名前先輩は嬉しそうにするだけで全然気にした様子も無い。

「わがままは先輩の特権でしょ」
名前先輩、早く引いてください」
「わかってるけど……う、……喜八郎、重い」
「がんばってください」

うんうん唸る先輩は一生懸命で、先輩だけどやっぱり可愛いなと思う。
でも僕よりも少し小さい先輩が、穴から出る手伝いすらしてない僕を持ち上げるのは無理じゃないかな。

「喜八郎!」
「はい」
「はいじゃない、やる気が感じられない!っていうか下手したら私が落ちる!」
「それもいいですね」

よくない、と怒った調子で言う名前先輩をこれ以上焦らしたらキレかねない。
そろそろ潮時かと若干残念に思いながら、先輩の手を支えにして一息に穴から出た。
反動で本当に落ちそうになった先輩を引っ張ると、勢いが良すぎたのかぶつかってしまった。

「……喜八郎も男の子なんだよねぇ……」

何故かしみじみ呟く名前先輩の思考はよくわからない。
先輩は僕のことを“不思議思考”と言うけど、先輩も同じくらい謎です。
そんなことないと反論されるのが目に見えてるから言わないけど。

「あーあ…藤内も伝七も兵太夫もこうなるんだろうなー……」
「嫌なんですか?」
「嬉しいけど寂しいよ。みんな今の可愛い姿で止まればいいのに」

呪いめいた言葉を口にする先輩に絡まれないように少し後ろを歩く。どこへどう飛び火するかわからない話は聞くのが面倒くさい。
先輩はまだぶつぶつ独り言を言いながら、ふいに振り返った。

「喜八郎はきっと美男子になるだろうね」
「………ありがとうございます」
「黙ってるだけでホイホイだよ絶対……見たいけど見たくない」
「そういうのいらないです」
「より取り見取りなのに!?」

先輩はホイホイされてくれないでしょう、という言葉を飲み込んで、代わりに大きく溜息をついた。

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