※久々知視点
神妙な面持ちで俺の前に座った名前は膝に置いた手を握り、キッと顔を上げた。
何かを決意したときの顔だと思いながら見ていた俺は、完璧に油断していた。
「触らせて」
目的語を欠いたその発言に何度も瞬きを繰り返す。
お願い、と続いた名前の声がうまく浸透してこない。
別に触られるのは構わない、代わりに名前のこともなんて言う気は全く……いや、ほとんどない。
「だ、だめかな」
「あのな、名前」
「はい」
「何に、とか、どこに、とか聞いてもいいか?」
自分を落ち着かせる意味もこめて聞けば、名前はパッと顔を赤くして両手をバタバタ動かした。
「うわ、言ってなかった!?あのね、髪、久々知くんの!だ、だから別に変なとこ触りたいとか、そういうんじゃないから!」
慌てて軽く混乱する名前は多分において思考が駄々漏れで、聞いているほうも少し恥ずかしい。
駄々漏れな分有益な情報が聞けたりもするから、それはそれで構わないんだけど……と逸れかけた思考を戻して内容を反芻した。
改めて考えればそんなに畏まって頼まれるようなものじゃない気がしたが、名前が自分を基準にして考えた結果なんだろう。
…俺もそういう断りを入れたほうがいいんだろうか。でも言うと名前は余計緊張しそうだ。それも可愛いけど。
「久々知くん?」
「あ、悪い。構わないけど、俺の髪なんて触って楽しいか?」
「楽しいっていうか…気持ちいいんじゃないかな」
「…………そうか」
俺も名前の髪に触るのは好きだ。だから、その気持ちはわからなくもない。
けどやっぱり直接表現されると妙にドキッとしてしまう。
誤魔化すのも兼ねて頭巾を外して髪紐を解くと、名前が驚いたように目を見開いた。
「どうした?」
「う、うう……びじん……」
「は?」
「久々知くん、次の女装授業っていつ!?」
「…………教えない」
期待に満ちた眼差しを向けてくるのは可愛いけれど、内容が不満だ。見るからに覗く気満々だし。
名前は「そこをなんとか!」と言いながら身を乗り出してきたから、俺は彼女を引き寄せて肩に腕を乗せ、首の後ろで手を組んだ。
「どうしても聞きたいか?」
「い、」
ヒュッと息を呑む音が聞こえた。あっという間に赤く染まる顔と、単語にすらなっていない音を紡ぎながら忙しなく開閉する口。
いつ彼女が折れるのか、すこし楽しんでいる自分がいる。
組んでいた手を外し、名前の目を覗き込みながら手は彼女の頬に滑らせた。
「ただじゃ教えられない」
そのまま指で唇に触れると、その手をがしっと思い切り掴まれた。当然というべきか、名前の手だ。
「ややややや、やっぱり、いいです!」
「そうか?」
返しながら少し笑ってしまったのは、真っ赤な名前が可愛いから。だからしかたない。
「久々知くん楽しんでる……ずるい、いじわる」
そうやって恨みがましく言ったって赤い顔の涙目じゃ効果は薄いと思う。
ある意味凶器だけど。こんなの絶対他のヤツには見せられない。
そっぽを向いた名前の腕を引いて抱きしめる。
小さくごめんと呟くと、身体がビクッと大きく跳ねた。
「もう!わざと!」
「いや今のは……うん、わざとかもしれない」
「久々知くん!」
今にも暴れそうな名前を腕の中に収めたまま肩に頭を乗せる。途端におとなしくなった名前は少しの間何か言いたげにしていたけれど、結局何も言わないまま身体から力を抜いた。
髪に触ると言っていたのは結局どうするのか。
うやむやになっているけれど、今はもう少しこのままでいいかと思い直した。
あまやかなささやき
1502文字 / 2010.11.30up
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