カラクリピエロ

頼りにしてます

※竹谷視点




委員会の当番で菜園を訪れたとき、俺がそこに到着したのを見計らったかのようなタイミングで名前が現われた。
また面倒でも持ち込む気か。
――“また”とは言っても感覚的なもので、実際の被害はさほど多くなかったかもしれないが、名前が持ち込む面倒ごとはだいたい被害がでかい。

ともかく名前は「竹谷くん」なんて可愛らしい声かつ可愛らしい笑顔で俺に声をかけてきた。

「帰れ」

反射的にそう返してしまったのだって理由はある。
名前がこういう呼び方をするときは決まってろくなことが無いからだ。名前も俺の反応を見越していたのか、それを無視して笑顔のまま話を続ける。

「これ食べて感想教えてくれる?」
「…………なんだこれ」
「手作りボーロ」
名前が作ったのか?」

差し出された包みをつい受け取りながら聞き返すと、名前の指先がピクリと震えた。

「…名前が、作ったのか?」
「…………くのたまが。でも下剤とか痺れ薬とかは入ってないよ、それは私が保証するから」

元は後輩が自分にくれたものだ、と付け足す名前は嬉しそうだ。
そんな名前が好意を無碍にすることは考えにくい。となると、このボーロには名前が口にできない理由があるってことだ。

「ただのボーロじゃねぇな?中身は?」
「……私が竹谷を連想するもの」
「虫かよ!」
「さすがー」
「さすが、じゃねーよなんでボーロに虫混入してんだよ!」
「『好きなものと好きなものを掛け合わせたら美味しいんじゃないかと思いまして』……と、言われました」
「だからってこれはないだろ……」

視線を逸らして言いづらそうにする名前の話を聞いて項垂れる。
受け取り拒否すりゃよかったのに。そう言ってやった。

「『名前先輩にも食べて欲しくて』って持ってこられたら断れるわけないでしょ!」
「ならお前が食ってやれよ!」
「私に死ねと…!?」

それを俺に食わせる名前はなんだ。
言いたい事がわかったのか、名前は慌てた様子で「違う」を繰り返した。
後輩曰く食べられるらしいのだが、名前は大の虫嫌いだから口にするのはおろか見るのも嫌だという有様だ。

「…その後輩、それ知らねーの?」
「私、後輩の前では見栄を張ってますから」
「……はー……」
「溜息つかないでよ!かっこよく見せたいっていうか、ガッカリさせたくないっていうか……後に引けなくなっちゃったの。…友達は面白がって助けてくれないし、だから竹谷にしか頼めないんだってば」
「…………しかたねぇな」
「ありがとう!やっぱり竹谷は頼りになるなー」

嬉しそうな顔で礼を言われて悪い気はしない。
それにしても、俺も名前のこと言えないくらい、名前に甘いと思う。

――“俺だけ”なんて言われちゃ早々断れないっての……本人無意識だろうけどな。

「どう、おいしい?」
「…………虫と菓子は一緒にするもんじゃねーって言っとけ。あとボーロが固い」

まだ半分以上残っている冒険菓子をモソモソ食べながら、名前の問いかけに答える。
拷問かって言いたいのをこらえて付き合ってるんだから不満そうな顔するな。もっと好意的な意見が聞きたきゃ自分で食え。

「…じゃあ、ちょっと貰おうかな」
「お?」
「ボーロのとこだけ。絶対安全なとこならいける!」
「わかった、わかったからちょっと離れてくれ!」

言いながら自分でとろうとしたのか、俺の手元を覗き込んでくる名前を押し返す。
夢中になると見境なくなるのどうにかしてほしい。俺も年頃の青少年ってやつなんだから対応に困るわけだ。

「竹谷、早く」
「わかったっつの……ほら」

一口大のかけらをとって、名前が取りやすいように見せると、名前は受け取る前に俺の手に顔を近づけてじっとそれを凝視した。さっさと取ってくれ。

「足一本だって嫌なの!」
「んなこと言ってると、無理やり口に押し込むぞ」
「そんなことしたら『竹谷くんに無理やり…!』って泣きながら忍たまの教室駆け込むからね」
「ふざけんな!タチ悪すぎだろそれ!!」
「死活問題だから仕方ない」

なにがどう仕方ないんだよ。俺の方が圧倒的不利じゃねーか。
溜息をつく俺をよそに、名前はようやく納得したのか、やっとボーロを受け取って口に放り込んだ。

「…………甘苦い」
「噛むとジャリって鳴るよな。焦げか?」
「虫じゃなければそうだろうね。で、でも大丈夫、練習すれば上手に焼けるようになるし!竹谷、ありがとね!」

すっくと立ち上がって片手を握り締めた名前は、俺を見下ろしながら微笑んだ。





「お礼何がいい?」
「くれんの?」
「私ができることならね。あ、でも今懐寂しいからその辺考慮でよろしく」
「じゃ、ボーロ」
「ボーロ?食べてるじゃん」
「アホか、普通のだっつの」
「竹谷ってそんなに甘いもの好きだっけ…まいっか。今度焼いてくるよ、いっぱい食べる?」
「…孫兵と一年の分も」
「はーい」

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