カラクリピエロ

てだすけ


※不破視点




少し早足で図書室へ向かう。
図書当番ではないけれど、今日は新刊と寄贈書の入荷日だからその手伝いが出来ればいいなと思っていた。

「失礼しま――」

いつものあいさつの途中で、ガッ、と音を立てて顔の横に何かが突き刺さった。
そこからは縄が伸びていてカウンターに鎮座する中在家先輩に繋がっている。

ああまた騒いだ生徒がいたのかな。
当たらなくて良かったなぁと思いながら入室すると、いきなり背中にビタッと何かがくっついた。

驚いて肩越しに振り向くと桃色の忍装束。
僕を盾にして横から顔を出すのは既に見慣れたくのたまだった。

「…名前?」
「違うんです、わざとじゃないんです、無意識です…!」

ぐいぐいと僕を中在家先輩の方へ押し出しながら言い訳めいたことを続けざまに口にする。
正直酷いなぁと思わないでもなかったけれど、名前の力が弱すぎて、すぐにどうでもよくなった。

中在家先輩がモソモソと知り合いかと聞いてきたので、苦笑混じりに頷く。
図書室では静かにすること、と名前の方を見ながら――名前は相変わらず僕の背中に張り付いたままだったけど――言うので「伝えます」と返した。

「…………任せた」
「え」

中在家先輩はカウンター上にある“図書”のプレートにポンと手を置いて棚の奥へ消えてしまった。
任されたのは図書当番か、それとも名前の相手だろうか。

図書室を訪れていたのは、どうやら名前だけらしい。しんと静まり返った室内で、名前は不思議そうに「中在家先輩どうしたの?」と控えめに聞いてきた。

「今日は本がたくさん届いてるはずだから、それの確認だと思うよ」
「不破くんも?」
「僕はこっち担当…みたい。名前は騒いで注意されてたみたいだけど…」
「……うん、ごめんなさい」

しょんぼりと項垂れる名前に向き直って、気をつけてと言いながら頭を撫でた。

「……課題が、進まなくて……」
「あー、なるほど」

苦い顔を作る彼女には、考え込むと無意識に声を出す癖があるようだった。
今回もその癖が災いしたのかとあたりをつけて頷くと、驚いた顔で見上げてくるから慌てて「しー」と指を立てた。

「やっぱりうるさい?」
「図書室ではちょっと目立つかも」
「そっかぁ……気をつける」
「僕なにか手伝える?」
「……いいの?」
「誰か他の人が来るまでならね」

声を落として言えば、今度はパアッと顔を明るくして何度も頷くからつられて笑ってしまった。

「――ねぇ名前
「ん?」

名前の“こういう情報が欲しい”要求に僕はうまいこと応えられていると思う。

それはいいとして。

積み上げられる本が『人体の急所』とか『気持ちが安らぐ空間』とか『薬草図鑑』とか…ジャンルはバラバラだけど、それを合わせて見たときに背筋がゾッとした。

「これ、課題なんだよね?」
「うん。あ、でも今すぐ試すわけじゃないから大丈夫」
「なにが!?」

うっかり大きな声を出してしまって、慌てて自分の口を塞ぐ。
そんな僕に向かってにっこり微笑む名前は正直可愛いと思ったけれど、名前の“大丈夫”は全然安心できない。

――みんなごめん。僕、危ういことに手を貸したかも。

友人の顔を思い浮かべながら謝罪してみたけど…………よく考えたら、

「僕ら、名前の罠にかかったことってあんまり無い……?」
「だって故意に仕掛けたことないもん」
「兵助のおかげ?」
「んー……あと、三郎もかな。目ざといでしょ?試してみたいって思うときもあるけど、成績に影響するとなるとちょっとねー」

娯楽でやるほど悪戯好きでもないし、と筆を動かしながら付け足す名前に安心する。
少しだけ本気を見てみたいなと思った。少しだけ、チラッとね。

「あのね、来月やるよ」
「何を?」
「だからこれ。不破くんは危なそうだから一応…………手伝ってくれたお礼。みんなには内緒ね?」

悪戯が成功したときはこんな顔をするのかな。
そう思いながら、唇の前に指を立てて笑う名前に僕も笑って返した。





「…でも僕は危ないってどういうこと」
「不破くん優しいからさ…ほら、こう…『お願いします、私に時間をください!』とかなんとか言われて部屋に誘い込まれた隙にガツンと」
「……名前ってさ、無意識だと結構すごいよね」
「すごい?何が?」
「色々…名前だったら僕のことそうやって誘い出すのかな」
「私?んー…私だったらかぁ……『少し、相談にのってくれる?』とか。とりあえず不破くんの意見を聞く形にして断れない空気を作るかな」
「…………うわあ、確かにすぐ『いいよ』って言いそう」
「っていうかね、不破くんは私が何お願いしても『いいよ』って言ってくれるんじゃない?」
「…………だって名前は友達だもの。普段無茶言わないし」
「…えへへ…わかってても嬉しいなぁ。ありがと」
「お互いさま、でしょ?」

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