カラクリピエロ

禁宿に取り入る習い


※仙蔵女装注意。おまけは綾部




「立花先輩、ひとついいですか」
「聞こう」

――これを着て私に付き合え。
天井裏でも床下でもなく普通に部屋の戸口から現われた立花先輩は、開口一番そう言って私に着物を一式手渡した。

広げてみればそれは男子用の普段着で、先輩に間違ってませんかと問いたくなった。
現われた立花先輩は女装――パッと見綺麗なお姉さん姿だったから。
さすがに着終えるまで気づかないなんてことは無いだろうから、これは確実にわざとだろう。

「そういう趣味で――痛っ」
「阿呆、忍務だ」

ピシ、と指先で私の額を弾いた立花先輩は、サラリと弟になれとのたまった。
協力なら――見返りがあることが前提だけど――別に構わないものの、わざわざ弟をやらせる意味がわからない。
そう反論したら、立花先輩はきょとんとした顔で「何を言ってるんだ」と私がおかしいみたいな反応をした。

名前が私の横を歩きたくないと駄々を捏ねるから、こうして喜八郎から着物を借りてまで代替案をだな」
「これ喜八郎のなんですか!?」
「私のでは大きいだろう」
「そうですけど喜八郎のでもたぶん大きい……じゃなくて、自分のが有ります。というか、そんなこと言った覚えは」

ありません、と続けようとして、涼しい顔で笑う立花先輩に宥められる自分を思い出した。

+++

作法委員会の備品買出しのためにと女装した立花先輩と出かけた時のこと。
振り返る視線、視線、視線。鬱陶しいことこのうえない。
もちろん見られているのは私じゃなくて隣の男だ。

確かに口を開かず不必要に近づかなければ、色白美人のお姉さんにしか見えないけど。
綺麗だ美人だと行く先々で(ついでだからと町中をぶらついた)ひそやかに、あるいは堂々と言われ、茶店に誘われた回数も片手じゃ足りない。
私は引き立て役として、口実として、みごと役に立てたようである。

「…不機嫌だな名前
「――さすがに、ちょっと凹みました」
「まぁ仕方ないだろう。人は自然と美しいものに惹かれるものだ」
「さりげなく自画自賛を織り交ぜつつとどめ刺すのやめてください」
「ほら、私のあんみつもやるから機嫌を直せ。こっちの大福もやるぞ?」

くつくつ笑って私に甘味をご馳走してくれる立花先輩(大福はお店の人のサービスだそうだ)。辞退するのも勿体無いのでありがたく手をつけると、ことさら楽しそうに笑顔を深めたのが印象的だった。

名前、見た目なんてどうとでもなる。むしろお前は自分に手を抜きすぎだ、少し改めろ」
「…………覚えておきます。でも、女装した先輩の隣はあまり歩きたくないです」
「褒め言葉として聞いておくとしよう」

+++

「…思い出したか?」
「はぁ。でもこれ普通に兄と妹で良くないですか」
「………………着替えるのが面倒だ。却下する」
「そういうと思いました…」

諦め混じりに溜息をついて、渡された着物――ではなく、自分の持ち物から男装用の衣装を引っ張り出した。

小松田さんに外出届を提出して目的の屋敷までの道を並んで歩く。
ちらと見上げて、立花先輩、と呼びかけても反応は返ってこない。

「姉上、だ。姉さまでも構わんぞ」
「…………楽しそうですね、仙子姉さん」

乾いた笑いとともに立花先輩の提案にのってみると、先輩は私をまじまじと見た。

「なんですか姉さん」
「兄と妹でもよかったと思ってな」
「どっちでもあまり変わらない気がしますが」
「いや、変わる。それよりお前は病弱な弟12歳という設定にしたからな」
「設定って…」

まぁ、具合が悪い程度に見せかけるくらいなら大丈夫だろう。
それより実年齢より二つも下がっているのはどういうことか。

「妥当だろう?背丈といい体格といい、藤内と良い勝負だろうに」
「わ、私には一応凹凸があります!」
「うるさい」
「いった!デコピンやめてくださいよ!」
「お前は、今、弟だ、ということを忘れるな」
「わかってます。……先ぱ…姉さんは凹凸つくってもないくせに……」

ふふん、と笑うだけで何も言わない立花先輩は自分がどう見えるか知っている。
そもそも忍装束に比べて小袖は身体の線が目立ちにくいし、いずれにしても問題ないのだろうけど。やっぱり悔しい。

名前、あの家だ。お前は倒れていかにも苦しげにゼェハァしてればいいからな」
「ものすごく微妙かつ投げやりな表現はぶっちゃけどうかと思いますが了解です。ていうか先ぱ…姉さんは私のことそのまま呼びですか」
「私がどうとでもする」

そう言って要求された演技は立花先輩の“心配する姉”としての対応もあって無事完遂できたと思う。
でも“どうとでもする”の結果が『喜八郎』だったのはさすがに動揺しそうになりました――





「喜八郎、これ返すね」
「立花先輩に貸したと思うんですが……名前先輩が着たんですか?」
「ううん、着てない。あ、でもうっかり汚しちゃったから洗った」
「そうですか、ありがとうございます―――…いい匂いがします」
「でしょ?しんべヱに貰った石鹸なんだけどね、私も好き」
「おそろいですね」
「普段着なら匂いついてもいいよね。そうだ喜八郎、その服の時も穴掘りしたでしょ。ちょこちょこ破れてたから縫っといたけど、一応自分でも補強したほうがいいかもしれないよ」
「…………名前先輩、意外とマメですね。ぎゅってしていいですか」
「いや意味わかんないから。っていうか意外ととか失礼じゃない!?」

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