カラクリピエロ

人待ち


※庄左ヱ門視点




先生方の部屋へ向かう途中、桃色の制服を見かけて思わず足をとめた。
忍たま長屋の方にくのたまがいるのは珍しい。
樹に寄りそうように座ってしまったその人は、僕も知っている人だった。

苗字先輩」
「あれ、庄左ヱ門だ。どうしたの?」
「僕は土井先生と山田先生の部屋へ行くところですが、先輩は何を?」
「ここで待ち合わせ中なの。『にんたまの友』持ってるってことは先生に質問?ほんとに勉強好きなんだねー」

声をかけると、苗字先輩は片手で土を落としながらこっちへ来て、にこにこしながら土を払ったのとは逆の手を使って僕の頭をなでた。
えらいね、と言われることが多いなか、苗字先輩の言葉選びはおもしろいと思う。

「誰と待ち合わせなんですか?よければ僕、捜してきますけど」
「え!?いいよいいよ、大丈夫!でもありがと。庄左ヱ門はモテるだろうなぁ」

いきなりそんなことを言われて、どう答えたらいいかわからなかった。
僕はまだ一年生だし、かわいい女の子(忍の三禁の一つだってこの前先生が言ってた)よりもみんなと遊んだり、勉強をしてる方が楽しい。

苗字先輩は僕の考えがわかったみたいに「今じゃなくて、近い将来?」と首を少しかしげながら言った。

「――っと、ごめんね庄左ヱ門、引き止めて。先生のところ行くんだよね?」
「いえ、僕こそ待ち合わせの邪魔してすみませんでした」
「邪魔じゃないでしょー、まだ私しかいないんだから。相手してくれてありがとう」

ひらひら手を振って僕を見送る苗字先輩は本当に嬉しそうに言うから、なにもしてないのに良いことをしたんじゃないかって気分になった。

苗字先輩と別れたあと、今度は鉢屋先輩に会った。何かを話す前に「感心感心」と笑いながら僕の頭をなでる。先輩っていうのは後輩の頭をなでるのが好きなんだろうか。

「何か気になることでもあるのか?」
「え?」
「土井先生の部屋は二つ向こうだろ」

気づいてなかった。いつのまに先生の部屋を通り越したんだろう。
僕は少しだけ考えて、苗字先輩と会ったことを鉢屋先輩に言った。もしかしたら待ち合わせの相手が鉢屋先輩の友達かもしれないし、そうじゃなくても何か知ってるかもしれないと思ったから。
鉢屋先輩は少し黙ってから天井に向かって声をかけていた。

「あの…鉢屋先輩……」
「しっ。庄左ヱ門、もっと姿勢を低くしろ」
「…テスト問題盗むんじゃなかったのかよ」
「これ、バレたら絶対名前に怒られるよね」

あの後すぐに、僕は苗字先輩と会った辺りまで戻ってきていた。なぜかこっそり。天井裏にいたらしい不破先輩と竹谷先輩も一緒だ。
苗字先輩は僕が最初に見た樹の傍で、しきりに髪をいじったりウロウロしたりと落ち着かない。

「…兵助かな?」
「いやー、違うだろ。あいつ時間にはしっかりしてるし」
「楽しみすぎて名前が早く来すぎたとか、どう?」
「だったら部屋行くんじゃね?」
「二人とも静かにしろ――――来たぞ」

鉢屋先輩の声で先輩たちはすぐに口を閉じた。
一瞬、隣に居るはずなのに居ないんじゃないかと思って、鉢屋先輩をじっと見てしまった。

「庄左ヱ門、もっと私の方へこい。呼吸はなるべく浅くな」

声を出すのもためらう。僕はただ頷いて鉢屋先輩の指示に従った。

「――おい、顔見えねーじゃねーか!」
「よく考えたら当たり前だよね、僕ら名前が見えるほうにいるんだから」
「…五年だが兵助じゃないな」

ひそひそしゃべりあう先輩たちをよそに、背中しか見えない五年生は「待たせた?」と当たり前のことを言った。
苗字先輩はにっこり笑って「それなりに」と答えている。
僕や『は組』の皆と話しているときとは違う空気にびっくりした。

「この呼び出しのお手紙、あなたがくれたと思うんだけど」
「そう俺。苗字最近こっちによく来てるじゃん?それでさ、」
「私に何か言うことない?」
「言うこと?」

会話を盗み聞きしている状況に緊張する。
いつからか、僕は目の前の茂みしか見ていなかった。苗字先輩に言うことってなんだろう。

「…庄左ヱ門、ヒントやろうか」
「鉢屋先輩…?」
名前は普段他人ばかり気遣って、三禁破りの甘いヤツに見えるが、あれで礼儀にはかなりうるさく頑固だぞ」
「作法委員だしな」
「八左ヱ門、それ関係ないと思うよ…」

先輩方は苗字先輩が相手に言わせたいことに気づいたらしい。
ご愁傷様だな、と竹谷先輩が呟くのと同じタイミングで、楽しそうな苗字先輩の声が聞こえた。

「――残念時間切れ」
「うわっ!?」
「待ってる間暇だったから掘ってみたんだけどどうかな。喜八郎直伝だから結構居心地いいでしょ?あ、知ってる?四年の綾部喜八郎――――ん?いや、別にふざけてないんだけど。そういえば私になんの用だったの?」

急に聞こえなくなった五年生の声が気になって顔を上げると、しゃがみこんで穴に向かってしゃべる苗字先輩が見えた。

「…やっぱあいつ作法委員だわ」
「うーん…今度は反論できないなあ…」
「……おい、そろそろ逃げるぞ」

ひょいと僕を小脇に抱えて鉢屋先輩が立ち上がる。
そのまま樹を利用してあっという間に屋根まで登った直後、下の方から不破先輩と竹谷先輩の声が聞こえた。
片足に縄をかけられて逆さ釣り状態の先輩二人が、苗字先輩と向かい合っている。

「間一髪だったな。庄左ヱ門、ああなりたくなかったら今見たこと名前には内緒だぞ?」
「……はい」

口元に指を立てて言う鉢屋先輩。
ふと、苗字先輩に知られなければ大丈夫なのかなと思った。
だって苗字先輩がすごかったんだよって誰かに話したい。土井先生や山田先生に仕掛けのことを聞きたい。

そわそわする僕の頭に手を置いて、鉢屋先輩は笑いながら長屋の廊下におろしてくれた。

「ありがとうございます」
「好奇心旺盛なのもいいが、気をつけろよ庄左ヱ門。くのたまは怒らせると怖いからな」

楽しそうな先輩の声を背に、僕は『にんたまの友』を片手に先生の部屋を目指して走っていた。





名前、あのね、これには深いわけがあって!」
「そうそう!後ろの奴はほっといていいのか?」
「……顔は覚えたし、名前はご丁寧に書いて教えてくれたから別に」
「!?お前、今すげーこわいぞ!?」
「あっちから呼び出しておいて待たせたあげく“ごめん”の一言もないのはさすがにね……しかも久々知くんのこと「やめとけ」とか言うし。知らない人にそんなこと言われる筋合いない」
「あ、やっぱりそういう類の呼び出しだったんだ…」
「物好きもいるもんだな」
「……今度実習でビスコイト作るんだけど、竹谷にも持ってってあげるね?」
「い、いい!いらねーから!」
「当たりとはずれ2:3で入れておくからさ」
「え、あれ、ちょっと名前、八だけだよね!?」
「それは竹谷に任せるよ」
「よし全員な!ぜったい食わせるからな!」
「うわあ最悪だ!八左ヱ門が一人で食べなよ!」

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