カラクリピエロ

縁日にいきましょう(9)


「――ちょうど兵助が名前を誘った後だったんだよ」

食えば?と笑って促され、もらった焼き鳥に口をつけながら勘右衛門の話に耳を傾ける。

勘右衛門は肝心の部分を省いて話しだしたが、流れからすると学園長先生の思いつき――元々予定されていた六年生の実習に、“屋台の売上を委員会の予算にまわしてもよい”というもの――が発動したタイミングのことだろう。

「で、兵助は名前にオッケーもらったばっかでふわふわしてたから、とりあえずその場にいたタカ丸さんに話したんだって。そしたらタカ丸さんが“自分がやるから黙ってて”って三郎に提案したらしいよ」

口を挟みたくなるのをじっと堪えていると、善法寺先輩との話を終えたらしい名前が寄ってくる。
隣に並んだ彼女に勘右衛門からもらった串(口をつけてない方)を差し出すと、きょとんとした顔で何度も瞬きをした。

「遠慮しないで食べてよ名前。おれのおごりだから」
「あ、ありがとう勘右衛門。……ここで食べていい?」

ふと俺を見上げて、言外に話を聞いても大丈夫かを伺ってくる名前に笑って頷く。
苦笑気味になってしまったのは、タカ丸さんに気を遣ってもらっていたことと、それに便乗していたらしい友人たちの気遣いが嬉しいような申し訳ないような…複雑な気分だったからだ。

「勘右衛門…さっきの話で一つ訂正したいんだけど」
「ん?なんかある?」
「……俺、そんなに浮かれてなかっただろ?」
「え、ゆるゆるだったよ。今なら何頼んでも引き受けてくれるなと思って、おれ学級委員長の仕事手伝ってもらったもん。現に気づかなかったじゃん」

あっさり返されて、そういえば雑用仕事を手伝ったというのを思い出す。
不思議そうにしている名前に説明しようか迷っている間に、勘右衛門が思いっきりぶちまけてしまった。

「周りにだだ漏れになるくらい、兵助が今日のこと楽しみにしてたって話」
「…………それで、結局生物委員会の屋台は?」
「それなら伊賀崎が毒虫使って色々やってたよ。ジュンコの独壇場だってめちゃくちゃ張り切ってたから、興味あるなら寄ってみたら?」

割り込むように口を挟んだ俺に、勘右衛門が笑いながら答える。
それから八左ヱ門への伝言を念押しして「じゃあね」と手を振ると、からくり屋敷の方へ向かっていった。

ちらりと名前を見る。
彼女はほんのり頬を染めたまま、串を持った状態で止まっていた。
少し近づくとハッとして、えへへ、と嬉しそうに表情を崩す。

「久々知くんも、楽しみにしてたんだね」
「――…当たり前だろ」

にこにこしている名前の隣で食べ終わるのを待つ間、照れくさい気分を誤魔化しがてら善法寺先輩と何を話していたのかを聞いてみた。
すると名前は一気に赤くなり、僅かに顔を伏せると、ぽつりとなにか呟いた。

「? 何て?」
「お祭りだから…」
「うん」

相槌を打って先を待つが、名前はそれ以上話すのを拒否するように食事を再開させてしまう。
続きを促そうとした途端、背後で溜息が聞こえ、振り返れば善法寺先輩が呆れた顔でカウンターに凭れかかっていた。

「……祭りだからって羽目を外しすぎないように、って言ったんだよ。ところ構わずいちゃいちゃされると目の毒だから」
「場所は考えてるつもりですが」
「………………いいかい久々知。わかりやすく言うとね、“僕の店でいちゃつくな”ってことさ」

笑顔の善法寺先輩が言い終わるのとほぼ同時に、浴衣の袖を引かれる。
視線をやれば名前は俺の手からゴミになった串を抜き取り、自分のと合わせて懐紙にくるむと、あっという間に巾着の中に入れてしまった。

「善法寺先輩、お皿はお願いします」
「はいはい。そっちも宣伝よろしくね」

声をかける間もなく手を振って見送られ、宣伝てなんだ、と名前を見下ろす。
彼女は苦笑すると、先輩からあの“健康茶”を売り込んで欲しいと依頼されたと話してくれた。

「……宣伝は、無理じゃないか?」
「私もそう言ったんだけど、お店があるよって話すだけでもいいんだって」
「ああ…なんか、存在感薄いもんな、あの店」

くすくす笑う名前の手を袖から外し、そのまま柔らかく握る。
指先を震わせて一瞬止まった後、すぐに握り返してくれるのを嬉しく思いながら、ゆっくり息を吐いた。

「いらっしゃいませ~」
「――タカ丸さん」
「あ、兵助くん!いらっしゃい」
「…ありがとうございます」
「………お祭り、楽しめてる?」

会うなり礼を言う俺に、緩く笑って返してくるタカ丸さんに頷く。
それならよかった、とハサミを何度も動かして、空いた手で後ろ頭を掻いていた。

「兵助くんにはいつもお世話になってるから――」
「さ、斉藤さん!」
「はいっ……ど、どうしたの名前ちゃん」

前触れもなく、ずいっと前に出る名前に俺まで一緒になって驚く。
なんだか攻撃でも繰り出しそうな雰囲気に目を瞬かせたら、突然俺の腕をぎゅっと抱きしめ「ごめんなさい!」と謝った。

名前?」
「きょ、今日は、このまま久々知くんください!」

何度も瞬きをするタカ丸さんと、どこか必死な顔で俺にくっついたままの名前の間に沈黙が落ちる。
名前の台詞に思わず固まった俺は、じわじわと熱が上がっていくのを自覚しながら口元を覆った。

「……うん。もちろんいいよ~」

ふいに表情を崩したタカ丸さんの返事を聞いて、ほっと息を吐く名前が力を緩める。“ずるい”のは名前も一緒じゃないかと言いたい。

「その代わり、時間あるとき火薬委員会の手伝いに来てくれる?」
「それだけでいいんですか?」
「充分だよ。ね、兵助くん」

頷くことしかできない俺を見て、タカ丸さんが笑みを深める。
反対に、名前は不安そうに見上げてきたが、すぐに嬉しそうに目を細めた――俺が赤くなっていることに気づいたに違いない。

「あ。斉藤さん、ついでにお願いがあるんですけど…」
「なになに、髪結い?」
「違います。お客さんへの世間話に“この先に健康茶の店がある”って話を混ぜてくれませんか?気が向いた時でいいので」

ちゃっかり善法寺先輩からの頼まれごとを消化している名前を横目に、屋台めぐりのルートを思案する。
名前の希望はなるべく聞いてやりたいが、おあずけ状態は早めに解除してほしい。

「――久々知くん、いいって!」
「……当然部屋まで持ち帰ってくれるんだよな」
「え!?な、なにを!?」
「俺を」

疑問符を浮かべ、目を白黒させている名前は俺の言っていることを理解しようと頑張っている。
全く噛み合わない返事をしたんだから当然だろう。

「気をつけてね~」

笑顔で手を振るタカ丸さんの言葉はどちらへのものなのか、考えながら名前の手を引いてその場を後にした。

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