カラクリピエロ

縁日にいきましょう(7)


三郎と兵太夫に見送られ、善法寺先輩の屋台(約束したから、一応)へ向かう途中、名前の歩みが遅くなる。
下駄になにかあったか、歩き疲れたのかと思って声をかけると、俺の手を握る力が強くなった。

足を止め、軽く引かれるのに促され彼女と向き合う。
名前は迷うそぶりを見せながらゆっくり俺との距離を詰め、胸に頭を預けると背に腕を回してきた。
緩く抱きしめられている状況に一瞬頭が真っ白になって、心臓が面白いくらい跳ねる。

名前とくっつくのは好きだし隙あらば触れていたいと思うのはいつものことだ。
だけど大体実行するのは俺からで、恥ずかしがり屋の彼女からというのは滅多にない。
しかも外なら尚更――

「……あの…さっきの、思い出して…そしたら、その……くっつきたくなりました」

しどろもどろに紡ぎだされる言葉を耳に入れながら、腰に腕を回す。女の子――名前特有の柔らかさが心地好い。

“さっきの”と言われても何のことだかわからないが、名前をその気にさせたらしい過去の自分を褒めておこう。
何か声をかけようと思うのに、うまく言葉になってくれない。

「久々知くんかっこよかった……」

すり、と頭をすり寄せ、可愛らしく笑ってそんなことを言うのは反則じゃないのか。
しかも照れくさそうに「好き」と呟かれ、何かがガラガラと音を立て、崩れていった。

「――名前、もう帰らないか?」
「? 久々知くん、疲れ…ひゃあ!?」

名前の話もろくに聞かず、頬に手を添えて耳の下に軽く口づける。
思いきりしがみついてきた名前は、直後にパタパタ手を動かして俺の背を叩き“落ちついて”と俺を宥め始めた。
声が震えてる上に途切れてちゃんと形になってない。落ち着くべきなのは俺より名前だろうと言いたくなる動揺っぷりを見て……なぜか、余計追いつめたくなった。

「く、久々知くん、」

呼びかけにハッとして少し身体を離す。
ドクドクと脈打つ心臓の音が、妙に近い気がした。

俺を探るように見つめてくる名前を見つめ返し、そっと耳に触れる。
小さく聞こえた悲鳴を無視して輪郭を撫でるように指先を動かすと、すぐに色づいて温かくなり――動きを阻むように名前が俺の手を掴んだ。

赤い顔と、戸惑いがちに揺らぐ瞳。物言いたげに震える唇を今すぐ塞いでしまいたい。

「…………む、」
「……お……お祭り、終わるまで、だめ。しない」

むぎゅ、と名前の手のひらに口づけた状態で、そんな風に言われた。
顔は赤いけど目は真剣で、俺を射抜くように見る。

――こうなった名前は滅多に意見を曲げない。

わかった、と言う代わりに力を抜くとやんわり手が外され、所在無げに彷徨う。
その手を捕まえて握りこみ、名前の肩に顔を伏せながら長く息を吐きだした。

強引にすることもできるけど、気持ちいいのはその時だけだ。
名前は傷つくだろうし、泣くかもしれない。せっかくのお祭りなのに。
絶対後悔するに決まってる……と思考を展開させ、なんとか気分を落ち着ける。

「善法寺先輩のところと、斉藤さんのところは行かないと……あと屋台、見てってもいい?」
「……名前は本当に……」

俺の用事中心じゃないかと言う代わりに彼女を抱きしめた。
嬉しい反面、どこか物足りない。こっちに判断を委ねる聞き方じゃなくてもいいのに。
もし、これが俺じゃなかったら…違ったりするんだろうか。

名前、それもっと強く言ってみてくれないか」
「強く?」
「命令して」
「え…、…み、見ろ?」
「…っ、くく……いや、そうじゃ、ないんだ…」
「だ、だって、命令って言うから!」

思わず笑ってしまった俺を悔しそうに見上げ、ふいと顔を逸らす名前を宥めるように背を叩く――華奢な背中だ。
余計なことを考え始める前に頭を振って気持ちを入れ替え、謝りながら手を繋いだ。

「いいの?結局なんだったの?」
「俺、名前に振り回されたいのかもしれない」
「へ」
「…うーん…いや、結構振り回されてもいるけど…それとは違うんだよな」

きょとんとした顔で疑問符をたくさん浮かべている名前に笑う。
不思議そうにしながらも微笑み返してくれる名前の手を引いて、屋台巡りに向かうことにした。

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